修行開始!の前に
さあ、修行だ!
魔法を使いこなせるようになるまで、ひたすら打ち続けろ。
体で覚えるんだ! 感覚を研ぎ澄ませろ! 最強の防御系魔法使いになるんだ!
という展開にはならず(今のところ)に、今俺は中庭の真ん中で読書をしている。
何を読んでいるのかと言うと、防御系魔法大全集。
なんかゲームの攻略本みたいな名前だけど、表紙に書いてあったので間違いない。
開いてみると、そこには大量の文字達が、隙間がもったいないといわんばかりに詰まっている。
国語の教科書でもここまではびっしり書かれていないぞ、と突っ込みたいぐらいだ。
そして、国語の教科書よりも漢字が多い気がする!
そう、最初は余所の世界の本なんて読めないと思っていたけど、書かれていたのは馴染みのある日本の文字だったのだ。
これも、翻訳呪文の恩恵だそうで、翻訳呪文を使わなくても会話ができて本が読めるソウジさんにはこの世界の文字が見えているのだそうだ。
ソウジさん、マジすげえな。なんでそんな頭良いのに、リコさんの本性がわからないんだ。
と、言うわけで、字に関しては苦労せずに済んだのだけど、国語の教科書でもギブアップしていた俺にはこの本は少々きつい。
興味があるわけでもないので、読んでいても中々頭に入ってこないのだ。
しかも、しかもだ。実は俺達にとって必要ない事の方が多くて、読みにくいんだ。
「とりあえず、読むのは魔法の効果と名前だけで良いからなー」
そう、今ソウジさんが言ったように、俺は今ひたすら魔法の名前と効果を覚えている。
本を渡された時もそう言われたけど、なんでだろう?
「はい、ソウジさん。質問があるんですが」
「はい、エイタくんどうぞ」
なんかすっかり教師面だな。面倒臭い。
「なんで僕達はそれだけで良いんですか?」
「ふむ、良い質問だ」
メガネがあるかのように人差し指で鼻の上あたりをくいっと上げるソウジさん。
なんか古臭いがそれは気にしない事にしよう。
「まず、魔法の発動についてだ。普通の人達は、魔法を発動させるにはどうしていると思う?」
知識ゼロの俺がそんな事知る訳が無い。
「わかりません」
「魔力を体に蓄え、それぞれの属性の神に祈り、魔法発動の詠唱を行う事で発動しているんだ。では俺達は?」
だから知らないって。知ってて聞いてるだろ。
「わかりません」
「俺達は魔力を体に蓄え、魔力を指先に集中して、魔法の名前を書く事で発動できるんだ。エイタ、どっちが優れていると思う?」
だーかーらー。知らないっての。
「わかりません」
「いや、考えろよ。これくらい誰だってわかる」
えっ、そうなの。えっと……ふつうの人達は魔法発動の詠唱を行い発動させるんだよな。
たしか、この本に詠唱文が載ってたはず。
なになに、例えば初級の魔法と思われる土の壁の詠唱文は……土を司る火神ディ・ムーロよ。我が魔力を糧に、我らを守る壁となれ、か。初級でこんなか。
上級だと……うわっ! 長いな!
対する俺達は口で言わなくて良くて、指先で魔法名を書くだけか。
「僕達の方が魔法が早く発動すると思います」
「正解。俺達がこの世界の魔法使い達より優れている点の一つだ」
そう言って胸を張るソウジさん。今のは教師面……というよりは勇者面かな? やっぱ、勇者と呼ばれる事を誇りにしているというか、自信があるんだなあ。
「そしてもう一つ優れている点は、俺達が蓄えられる魔力の多さだ。エムナイルが優れた魔術師なのはわかるか?」
「ええ、まあ」
「俺が蓄えられる魔力はエムナイルのおよそ十倍だ」
「それは凄いですね」
本当にすごいのかはわからないけど、とりあえず驚く。
評価下げられると後に響きそうだし。
「というわけで、お前もそれぐらいの才能が、いや、それ以上の才能があるはずなんだ」
んっ? どういう意味だ?
「どういうことですか?」
「儀式の時、エムナイルが最初、不思議がっていただろ? あの魔法陣は特殊な魔法で特性を探れる魔法なんだが、各属性に色があって魔法陣もその色に変わるんだ」
あー、たしかに色が次々に変わっていたっけ。あっ、あれ何か意味があったのか。
「そして、その属性の特性が少しでもあれば魔法陣が中心にいる人に近づいていき、最も特性がある属性の場合はその人の中に消えていく」
そうだったのか。俺の時は灰色か。灰色が防御系魔法の特性を示す物だったのか。
くそっ。思い出すだけで嫌気がさす。なんで俺なんかに防御系魔法の特性があるんだよっ。
「普通の人の場合、幾つかの特性がありつつ、得意な属性があるんだが、お前は違った」
「えっ?」
「お前は他のすべての魔法に特性はなく、防御系魔法だけなんだ」
「それって、才能が無いってことなんじゃ?」
他の人は幾つか扱える魔法があるってことだろ?
なのに、俺には防御系魔法しか使えないってことは俺が才能ないってことで間違いないだろ。
「いや、違うね」
しかし、ソウジさんはきっぱりと否定した。
「お前は言ってみれば、一芸に秀でた者だってことだ。他の魔法は全然使えないけど、防御系魔法なら右に出る者はいない」
にやりと笑うソウジさん。えーっと、ここは喜ぶところなのかな?
「だから、しっかりと魔法を覚えて、俺達を守ってくれよな」
そう言われても……。自信もやる気もないよ俺。
と、いうか、だ。そもそもなんで防御系魔法使いを求めていたのか知らないぞ?
この国にだって防御系魔法使いはいるはずだ。なんでわざわざ異世界の人間の力を頼ろうとしたんだ?
「あの、質問があるんですけど」
「はい、どうぞ」
げっ、今だに教師キャラ続いていたのか。ソウジさんってもしかして超面倒臭い人なのか?
「えっと、なんで僕を……というか防御系魔法使いが現れるのを待っていたんですか? この国にだっているはずじゃないですか」
俺の質問に、ソウジさんはそんなことも知らないのか、といわんばかりの溜息を吐いた。だから知るわけねえっての。これも教師キャラか?
「この国の防御系魔法使いに扱える防御系魔法は少ないのさ」
防御系魔法使いなのに使えない?
「防御系魔法は魔力の使用量が多いんだよー。だから、この国の人達にはちょぅっと厳しいんだよー」
俺の疑問に答えたのは目の前のソウジさんではなかった。誰なのかはすぐわかった。この間延びした声を忘れるはずがない。
「リコさん……」
「やっほーですー」
「おっ、リコ来たのか」
「ソウジくんやっほーですー」
「やっほー!」
心中はともかく、一応真剣に話をしていたのに彼女の出現で一気に場が和んでしまったのは、リコさんの天然さ(似非)とソウジさんの単純さがあってのことだろう。
っていうか、何やっほー言い返してんだよ。
「エイタくんやっほーですー」
げっ、こっちにまでやってきた。無視したい所だけど……ちらっとソウジさんの方を見る。あっ、めっちゃ見てる。やらなきゃ駄目だ。
「や、やっほー」
俺の物凄い遠慮がちのやっほーに、リコさんは若干不満顔(絶対不満と思っていない)だったが、ソウジさんは微かにだが、表情が緩んだ。
ふー、あぶねー。
「まっ、というわけでこの世界の防御系魔法使いの魔力では使える魔法が限られているって話だ」
おっ、教師キャラのおかげなのか、ソウジさんが脱線せずに話を進めている。それとももともと真面目? リコさんといい、全然つかめないな。
「たとえ、エイタくんがどんなに才能がなくても、こちらの人達よりは魔力が高いんだよー。だから、どんなに才能なくても安心してねー」
説明はありがたいけど、凄くけなされている気がするのは俺だけか?
「そう、だから安心しな」
うーん。やっぱ、当たり前なのかもしれないけど、俺も魔王の卵討伐に乗り気だと思ってないか?
まあ、待望の防御系魔法使いだから仕方ないのかもしれないけどさ。
けど、怖いもんは怖い。一応言ってみよう。
「あの、僕、昨日の獣ですら怖かったんですけど魔王となんか戦えますかね?」
「大丈夫だ。リコも戦えてるし」
「そうだよー。大丈夫大丈夫」
二人とも即答だった。たしかに女の子のリコさんができている事を、俺が怖いって言ったら根性無しにも程があるけど。
グロテスクなのは女性の方が大丈夫って話も聞くし……。そんなんじゃ理由にならないか。うーん、こりゃあちょっとした事じゃ旅を断るのは無理だなあ。
「よしっ、じゃあ早速実技に移るか」
「実技実技ー!」
はやっ! 俺まだこの本の半分も目を通してないけど!
「まだ読み終わってないんですけど……」
「初級の方は見ただろ? とりあえず魔法を使う事に慣れろ。お前の才能とやらも見てみたいしな」
才能? 才能なんてあるわけないのに……。
なんて言っても意味ないだろうな。めちゃくちゃ気合入れてるし。
「よしっ、やるぞ!」
「張り切っているところ申し訳ないんだけどー」
ソウジさんが今まさに修行を開始しようとした時、本当に申し訳ないのか怪しいぐらいおっとりとした声でリコさんが言った。
「ソウジくん、たしかこれから会議だったよねー?」
首を傾げるその仕草は、本性を知っていても可愛いと思ってしまう。まあ、実際可愛いんだけど。
「あっ! そうだった。すっかり忘れてた」
頭に手をやり、あちゃーと嘆くソウジさん。んっ、なんか俺に良い風が吹いてきているんじゃないか?
「しょうがない。リコ、俺の代わりにエイタを鍛えてやってくれ」
前言撤回。ソウジさんの修行は熱血指導で体力的にきつそうだが、リコさんのは精神的に辛そうだ。
「わかりましたー。ビシバシ鍛えますー」
どう聞いてもビシバシしそうにない声だけにソウジさんは苦笑していたが、俺は別の意味で苦笑していた。
ソウジさんがいなくなる事でリコさんが本性を出してきたら俺は……考えたくもない。
なんとかこの場を切り抜けなければ……。