校正者のざれごと――AI投資vs.心揺さぶる投資の本
私は、フリーランスの校正者をしている。
このところ、投資に関する本の依頼が多い。物価高、円安、そして連日の日経平均株価の高値更新……。まさに、時代は貯蓄から投資へという流れを後押ししている。
「この本ね、小山さんに担当してほしいって」
校正プロダクションの社長から依頼が来た。編集担当者からのご指名だ。ビジネス書をおもに扱っている出版社で、投資や税金関係の仕事では時々声をかけてもらっている。
依頼されたのは初心者向けの株式投資の本。誤字脱字だけでなく、用字用語が正しいかの確認もする(余談だが、別の会社からの依頼に「用事用語」と何度も書かれているのを見てちょっとムズムズしている)。投資の本というとどうやって儲けるか?という内容が多いのだが、今回の本は投資を始めるにあたっての心構えが中心。初心者はどうしても日々の値動きだけに一喜一憂してしまうが、そうではなく正しい情報をもとに根拠を持って銘柄を選び、その会社のオーナーの一員になる、という考え方を持つことが大事だという。
「相場はつねに揺れ動き、私たちの感情を刺激します」
それはよくわかる。私も以前、単一の銘柄を安くなった時に買い、高くなった時に売るような短期売買を繰り返していた時期がある(そして口に出せないくらいの金額が泡と消えた。ひどい時代だった。それも必要な勉強だったのだといまは思うことにしている)。短期売買では市場の値動きがつねに気になり、日に何度もチェックしてしまう。これでは、落ち着いた生活を送ることはできない。
「テクニカル分析は投資の地図。でも、地図は目的地を決めてはくれません」
なるほど。確かに、過去の値動きをいくら分析しても、所詮、必ず勝てる方法などは存在しない。それにしても、「地図は目的地を……」って、何かカッコイイ。
さらに、ゲラ(校正紙)にはこんな言葉が並ぶ。
「損切りは、まさに本能との戦いです」
「利益確定は、欲望からの解放を意味します」
ん? なんだ、この表現は?
少し前に、AIを使った投資の本の校正をした。ChatGPTを使えば、投資の情報収集は格段に楽になるという。生成AIに入力する指示のことを「プロンプト」というが、その本は投資のためのいわゆる「神プロンプト」を集めた本だった。会社が発表する有価証券報告書や、経済紙の情報などの長い文章を生成AIに読ませ、要約させる。「3行でまとめて」などと指示すると、決められた文字数でほしい情報だけをまとめてくれる。
ただしAIは、「どの銘柄を買ったらいい?」という質問には答えてくれないらしい。情報を集約し、わかりやすく提示はしてくれるが、最終的な判断は人間の仕事ということだ。
ではその人間のほうはどうか。先ほどの「本能との戦い」は、株価が下がっても「明日はまた上がるかも」と考えて売ること(損切り)ができず、結果を先送りしてしまうこと。人間には本能的に、損失を回避したいという心理が働く。また「欲望からの解放」は、株価が上がったとき、「もっと上がるかも」という思いからなかなか売る決断ができないが、売ってしまえば利益は確定し、もう思い悩むことはないと、いうこと。
どちらも、いかにも人間らしい。そして、自身の経験からも身に沁みてよくわかる。これがもしAIなら、決断を下すまでの迷いや心の揺れのようなものは存在しないだろう。
ちなみに、私がこのエッセイで使う「校正」という言葉には、誤字脱字だけでなく内容の吟味、つまり「校閲」もつねに含まれている。今回の本もしかり。
では、次の文章について確認するのは、「校正」か「校閲」か。
「投資で年利7%で複利運用すれば、10年後には元金は約2倍になります」
さて、本当に2倍になるのか。ネットで検索すればすぐに出てくるが、これは計算(1.07の10乗)でも求められる。答えは1.96715……となり、確かに約2倍になる。
校正プロダクションの社長は、このように計算で求められるものは「校閲」ではなく「校正」だという。電卓で計算できるような数字の確認はあくまで「素読み」の範囲内で、校閲は不要といわれた仕事であっても確認する。さらに社長は、「校正」と「校閲」は完全に切り離すこともできるという。でも私は、「校正」から「校閲」要素を切り離すことは考えられない。仕事としてつまらないな、と思ってしまう。AIのように、「私の仕事はここまで」と割り切ることはできないのだ。だって、人間だもの。
「経験ある投資家たちは、自分の弱さを理解しています」
投資本の著者は、心が揺れ動いてしまうことを自覚しつつ、自分のなかにルールを決めて売買することが大切と語る。投資の世界って、奥が深いな。ちなみに、株価というのは企業の利益や成長率のような数値で決まるのではなく、あくまで売買する人たちの心の動きで決まる。人気投票のようなものだ。人々の期待や不安が株価に現れる。「銘柄選びは、恋愛に似ています」ずっと一緒にいたい、と思えるかどうか。確かに、そうなのかも。
この本の校正が終わるころ、NISAのつみたて投資枠で買っている投資信託を少しだけ買い増しした。いまは以前のような無謀な取引はしていない。そして、できるだけ運用成績も見ないようにしている(本当はときどきチェックしている)。はたして、あの過去の痛い教訓は生かせるのか。




