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第9話: 氷の瞳が射抜く、無礼な過去

王宮の夜会会場――「金剛石の間」は、数百のシャンデリアが放つ光で昼間のような明るさだった。


 扉が開かれ、私たちが一歩足を踏み入れた瞬間、喧騒が嘘のように止まった。

 数百人の貴族たちの視線が、まるで物理的な重圧となって私に降り注ぐ。


(……怖い。でも、逃げちゃいけない)


 震えそうになる私の腰に、温かく、そして強固な腕が回された。

 ジークフリート様だ。

 彼は正面を見据えたまま、私だけに聞こえる低い声で囁いた。


「胸を張れ、リリアーナ。……私の隣に立つのは、君以外にはいない」


「……はい、旦那様」


 その言葉に魔法をかけられたように、私は背筋を伸ばした。

 彼のエスコートを受け、会場の中央へと進む。

 周囲からは「あれがアイスベルク公爵……?」「隣の美女は誰だ」「エルトマンの無能令嬢のはずが……」という、困惑と感嘆の入り混じった囁きが漏れ聞こえてくる。


 そこへ、人だかりを割って、聞き覚えのある不快な笑い声が近づいてきた。


「まあ、リリアーナ! 死に損ないの姿で現れるかと思えば、随分と滑稽な着ぐるみを着せてもらったものねえ」


 扇子で口元を隠し、嘲笑を浮かべて立っていたのは、義母と義妹のエリーゼだった。

 彼女たちは、私の隣に立つジークフリート様の「殺気」に気づいていないのか。あるいは、自分たちの「実家」という立場が守ってくれるとでも信じているのか。


「お姉様、そのドレス、公爵様に無理を言って買わせたの? 似合わないわよ。無能には、泥の色がお似合いなのに」


 エリーゼが勝ち誇ったように笑い、私のネックレス――「氷の涙」に手を伸ばそうとした。


「その石も、私の方がふさわしいわ。リリアーナ、今すぐ外しなさい。お父様に言いつけて――」


 その指先が、私の肌に触れるよりも早く。


 パキィッ、と。

 この世のものとは思えない、鋭い凍結音が響き渡った。


「――っ!? あ、あつい! 冷たい! 何これ、手が……っ!」


 エリーゼが悲鳴を上げて飛び退く。

 彼女の指先は、薄い氷の膜に覆われ、紫色に変色していた。


「……私の許可なく、私の『至宝』に触れようとしたか。……その指、二度と動かぬように凍てつかせても構わんのだぞ」


 ジークフリート様の声が響いた瞬間、会場の温度が劇的に下がった。

 シャンデリアの光さえも青白く凍りつき、周囲の貴族たちは恐怖に顔を引き攣らせて後退する。


「こ、公爵閣下! 冗談がすぎますわ! この子はリリアーナの妹で――」


 義母が真っ青になりながら叫ぶが、ジークフリート様はそれを氷の瞳で射抜いた。


「妹だと? ……笑わせるな。リリアーナがボロボロの荷馬車で北へ送られた時、貴様らは見送りすらしていただろう。……あの日、彼女はエルトマンを捨てた。……今の彼女は、アイスベルクの名を冠する、我が唯一の伴侶だ」


 彼は一歩前へ出た。

 彼が踏みしめた大理石の床から、幾何学模様の氷紋が広がり、義母たちの足元を絡め取っていく。


「閣下、お止めください! ここは王宮です!」


「……王宮がどうした。……この女たちがリリアーナに浴びせてきた汚泥を思えば、これでも温情というものだ」


 ジークフリート様は、震える義母の目の前で、私の肩を抱き寄せ、見せつけるように私の額に接吻を落とした。


「リリアーナ。……こいつらに、見せてやれ。君がどれほど美しく、そして『価値ある』存在なのかを」


「旦那様……」


 私は、震えながらも義母たちの目を真っ直ぐに見つめた。

 そこにはもう、かつての恐怖はなかった。

 隣にいるこの人が、私のすべてを肯定してくれているから。


「お母様。……私はもう、エルトマンのリリアーナではありません。……アイスベルクの公爵夫人として、皆様の無礼を、看過することはできませんわ」


「なっ……生意気な! 無能のくせに!」


 逆上したエリーゼが魔法を使おうとした瞬間、ジークフリート様が冷ややかに指を鳴らした。


 ドォォン! と。

 会場に巨大な氷の柱が何本も突き立ち、エリーゼと義母を檻のように閉じ込めた。


「……これ以上、不快な音を立てるな。……ブリギッテ。この者たちを外へ。……エルトマン伯爵には伝えておけ。『貴殿の不始末により、我が公爵家との全ての融資と契約を白紙にする』とな」


「畏まりました、閣下」


 「あああ!」「そんな、お父様に殺される!」という見苦しい叫び声が遠ざかっていく。

 

 静まり返った会場で、ジークフリート様は私の手を取り、優雅に跪いた。


「さあ、踊ろうか。……私を救った、世界で一番温かい、私の太陽」


 オーケストラが震えながら演奏を再開する。

 私たちは、羨望と畏怖の眼差しの中で、誰よりも高く、美しく、夜会の中心へと踊り出た。

「無能」と蔑んだ家族の前で、最高に美しく、最高に強い夫に守られる。

これぞシンデレラロマンスの真骨頂です。

ジークフリート様の「私の至宝」という言葉、堪りませんわね。


「エルトマン親子の自業自得に乾杯!」

「公爵様の跪く姿が尊すぎて……!」

そう思っていただけた方は、ぜひ【評価】や【ブックマーク】をお願いします。


次回、第10話「この温もりに、名前をつけるなら」

夜会が終わり、二人きりの帰路。

ついに「愛することはない」という嘘が、真実の告白へと変わる時が来ます。

第一章、堂々の完結回。どうぞ、お見逃しなく。

霧島 結衣でした。

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