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第4話: 「贅沢」を知らないシンデレラの朝食

ジークフリート様が嵐のように去った後、部屋に現れたのは、明るい茶髪を揺らした若いメイド――マリエッタだった。


「リリアーナ様、おはようございます! よくお休みになれましたか?」


「え、ええ……おはよう、マリエッタ」


 彼女は私の顔を見るなり、ぱあっと表情を輝かせた。


「わあ、昨夜よりもずっとお顔の色がいいです! 閣下の『冷気』に当てられて倒れてしまわないか、城の皆で心配していたんですよ。……でも、これなら安心ですね!」


 彼女が用意してくれたのは、絹のように滑らかな肌触りの着替えだった。

 実家で着ていた、継ぎ接ぎだらけの麻のドレスとは、比べるべくもない。

 指先で触れるだけで、その上質さに胸が痛む。


「……こんなに立派なものを、私が着てもいいのかしら」


「何を仰るんですか。リリアーナ様は、このアイスベルク公爵家の女主人になられたんですよ?」


 女主。

 その言葉が、ひどく場違いなものに感じられて、私は小さく苦笑した。


 ◇◇◇


 案内された食堂には、すでにジークフリート様が座っていた。

 手元の書類に目を落とす横顔は、昨夜の情熱的な……あるいは縋るような気配を微塵も感じさせない、冷徹な支配者のものだ。


「……遅い。座れ」


「申し訳ございません、旦那様」


 私が席に着くと、次々と料理が運ばれてきた。

 焼きたてのパンの香ばしい匂い。

 湯気を立てる黄金色のコンソメスープ。

 色とりどりの温野菜に、厚切りのベーコン。


 私は、並べられた銀食器を前に、思わず硬直してしまった。


「……どうした。毒など入れていないぞ」


 ジークフリート様が、冷ややかな視線を向けてくる。


「あ、いえ……その。あまりにも、綺麗で……温かそうだったので」


 私は震える手でスプーンを取り、スープを一口、口に含んだ。


「――っ」


 身体の芯まで染み渡るような、深い旨味。

 そして、何よりの「熱」。

 実家では、家族の食事が終わった後、冷え切って脂の固まった残り物しか与えられなかった。

 温かいスープを飲めるのは、一年に一度、降誕祭の夜だけだった。


「……美味しい。こんなに、温かくて……美味しいものは、初めてです」


 気づけば、視界がじわりと滲んでいた。

 ボタボタと、スープの皿の中に涙が落ちる。


「おい、何を……っ。なぜ泣く」


 ジークフリート様の声に、焦燥が混じった。

 彼はガタリと椅子を鳴らして立ち上がると、私のそばに歩み寄り、乱暴に私の顔を覗き込んだ。


「食事が口に合わなかったのか? それとも、どこか具合が……」


「……違います。ただ、あまりに幸せで。……こんなゴミのような私に、こんなに贅沢なものを与えてくださるなんて、旦那様は本当に、お優しい方なのだと思って……」


「ゴミ……?」


 ジークフリート様の瞳が、一瞬で絶対零度の鋭さを帯びた。

 彼は私の肩を、痛いくらいの力で掴む。


「……リリアーナ。君は、実家でどんな生活を送っていた」


「え……? それは……。お掃除をして、皆様の残り物をいただいて。……冬は、暖炉の火を消した後の灰を片付ける時が、一番温かくて好きでした」


「…………」


 ジークフリート様の周りの空気が、パキリ、と音を立てて凍りついた。

 壁に飾られた花瓶の水が、一瞬で結晶へと変わる。


「……あの、旦那様? 空気が、冷たいです……」


「……黙れ。腹が立って、抑えが効かん」


 彼は低い、地を這うような声で吐き捨てた。

 その怒りは、私に向けられたものではない。

 私という「太陽」を、それほどまでに粗末に扱った者たちへの、苛烈な憎悪だった。


「ブリギッテ!」


 彼が呼ぶと、即座に騎士団長が姿を現した。


「はっ。閣下、いかがなさいましたか」


「今すぐ王都へ使いを出せ。リリアーナに相応しいドレス、宝飾品、靴、すべてを最高級品で揃えろ。一山分だ」


「……は?」


「それと、エルトマン伯爵家だ。……奴らが二度とこの地へ顔を向けられぬよう、経済的な包囲網を敷く準備をしろ。私の妻を『ゴミ』と呼んだ罪、その身に刻んでやる」


「旦那様!? そんな、私は大丈夫ですから……っ」


 慌てて服の袖を引く私を、彼は振り返り、射抜くような視線で見つめた。

 その瞳の奥には、ドロドロとした濃密な独占欲が渦巻いている。


「大丈夫ではない。……君は、私を救った女だ。私の体温を唯一繋ぎ止める、唯一無二の伴侶だ」


 彼は私の手を握り、その手の甲に、焼き付けるような深い接吻を落とした。


「贅沢を覚えろ、リリアーナ。わがままを言え。……君が望むなら、この北の大地すべてを、君のためだけの温室に変えてやってもいい」


「…………っ」


 それは、あまりにも重く、激しい愛の萌芽。

 

 冷酷公爵と呼ばれた男は、

 リリアーナの過去を知ったことで、

 「冷淡な夫」から、「狂信的な守護者」へと、その本性を変貌させ始めていた。

「当たり前の幸せ」に涙するリリアーナを見て、ジークフリート様の保護欲がバグり始めました。

これぞ、霧島結衣が描きたかった「無自覚な溺愛」の始まりです。


「公爵様、もっとやってしまえ!」

「実家へのざまぁが待ちきれない!」

と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】や【評価】を。

皆様の声援が、ジークフリート様の「甘やかし」を加速させる燃料になります。


次回、第5話「凍土に咲く花、騎士団長ブリギッテの驚愕」

城の住人たちが、変わり果てた公爵様に度肝を抜かれる回となります。

また明日、この時間にお会いしましょう。

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