第3話: 「熱い……君は、何者だ?」
まぶたの裏に、柔らかな光を感じて目が覚めた。
窓の外は相変わらずの白銀世界のはずなのに、不思議と身体は、羽毛に包まれているかのように温かい。
エルトマンの屋敷では、冬の朝は凍りついたシーツを剥がすことから始まったというのに。
(……ああ、そう。私は、嫁いできたのだわ。あの、氷の公爵様のもとへ)
昨夜の記憶が、鮮明に脳裏をよぎる。
「愛することはない」と言い放った冷たい唇。
それなのに、一度触れ合った瞬間、壊れものを扱うように私を抱き締めた、あの大きな手。
そっと目を開けると、視界のすぐ先に、銀青色の髪が広がっていた。
「……っ」
思わず息を呑む。
ジークフリート様が、まだ私の隣で眠っていた。
整いすぎた眉間には、眠っている間も消えない微かな皺が寄っている。
けれど、その腕はしっかりと私の腰を抱き寄せ、私の肩口に深く顔を埋めていた。
まるで、温かな陽だまりから離れたくないと願う、幼子のようで。
(……なんて、綺麗な方)
氷の魔王なんて、嘘みたい。
この方はただ、誰よりも孤独で、寒さに震えていただけなのではないかしら。
彼を起こさないよう、そっとその頬に触れようとした、その時。
灰青色の瞳が、カッと見開かれた。
「――ッ!?」
一瞬で、部屋の空気が凍りつく。
彼は跳ね起きるように私から距離を取ると、乱れた髪を乱暴にかき上げた。
「……私は、今まで寝ていたのか。この、私が?」
「あ、あの、旦那様……。おはようございます」
「…………」
ジークフリート様は、答えない。
ただ、信じられないものを見るような目で、自分の両手を見つめている。
その指先は、いつも纏っているはずの「刺すような冷気」が、嘘のように鎮まっていた。
「……身体が、軽い。魔力の暴走による痛みが……消えているだと?」
彼は、呆然としたまま私を凝視した。
その視線は鋭く、獲物を品定めするような……いや、未知の脅威を警戒するような、凄まじい圧力を孕んでいる。
彼はベッドから降り、一歩、また一歩と私に詰め寄った。
逃げ場を塞ぐように両手をベッドにつくと、私の顔を間近で覗き込む。
「リリアーナ・フォン・エルトマン。君は、一体何者だ」
「な、何者と言われましても……。ただの、無能と呼ばれた伯爵令嬢でございます」
「嘘をつけ。……これほどの密度。これほどの純度。私の『氷の呪い』を、触れているだけで相殺するなど、この国の聖女でも不可能だ」
ジークフリート様の低い声が、私の喉元に触れる。
彼は、私の鎖骨のあたりに、震える指先をゆっくりと這わせた。
服越しだというのに、彼の指が触れる場所が、じりじりと焼けるように熱い。
「熱い……。君の拍動が、君の血の流れる音が、私を狂わせる」
「閣下……苦しい、です……っ」
「……っ」
私の苦しげな声に、彼はハッと正気に戻ったように指を離した。
けれど、その瞳に宿った「独占欲」の色は、隠しようもなく溢れ出している。
「……エルトマン伯爵は、とんでもない間違いを犯したようだな」
彼は吐き捨てるように言うと、背を向けた。
その耳の端が、ほんのりと赤く染まっているのを、私は見逃さなかった。
「君を『生贄』として送ったこと。……それを、あの一族は一生悔やむことになるだろう」
「……え?」
「いいか。今日から、君は私の所有物だ。一歩たりとも、この城から出ることは許さない。……私の許可なく、体温を下げることも許さん」
それは、求愛というにはあまりに傲慢で。
けれど、捨てられ、蔑まれて生きてきた私にとって、初めて誰かに「必要」だと断言された瞬間だった。
「……はい、旦那様。仰せのままに」
私が微笑むと、ジークフリート様は顔を背け、乱暴に足音を立てて部屋を出て行った。
扉が閉まる直前。
「……可愛すぎるだろう、毒だ……」という、小さな、あまりにも小さな呻き声が聞こえた気がしたけれど。
それはきっと、私の聞き間違いに違いない。
だって彼は、私を「愛することはない」と言ったのだから。
(でも、もし……ほんの少しでも、お役に立てているのなら)
私は、彼が去った後のシーツの冷たさに、少しだけ寂しさを感じながら。
初めて、この凍てつく城で、自分の価値を見つけたような気がしていた。
「自分の価値」にまだ気づいていないリリアーナと、彼女の価値に気づきすぎて情緒が崩壊しかけているジークフリート様。
この温度差こそが、政略結婚の醍醐味ですわ。
「ジークフリート様、不器用すぎて可愛い!」と思ってくださった皆様。
ぜひ【評価】や【ブックマーク】で、彼の恋路を応援してあげてくださいませ。
次回、第4話「『贅沢』を知らないシンデレラの朝食」
リリアーナが当たり前の幸せに触れるたび、ジークフリート様の保護欲が爆発します!
霧島 結衣でした。




