第2話: 逃げ場のない寝室、触れ合う指先の戸惑い
広い、あまりに広すぎる天蓋付きのベッドに、私は一人、身を縮めていた。
部屋の隅に置かれた魔石のランプが、青白い光を放っている。
暖炉には火が灯っているはずなのに、部屋の空気はしんしんと冷え切っていた。
(……怖い)
実家の納屋のような物置部屋で寝ていた頃の方が、まだマシだったかもしれない。
ここには、静寂と冷気しかない。
そして何より――。
ギィ、と重厚な扉が開く音がした。
心臓が跳ね上がる。
現れたのは、夜着の上に漆黒のガウンを羽織ったジークフリート様だった。
昼間の軍服姿も威圧的だったけれど、髪を下ろし、少しだけ隙を見せた今の彼は、より一層「人ならざる美しさ」を際立たせている。
「……まだ、起きていたのか」
低く、地響きのような声。
彼は迷いのない足取りでベッドへと近づき、その端に腰を下ろした。
途端に、部屋の気温がさらに数度下がったような錯覚に陥る。
「閣下……。あ、あの……」
「黙れ。これは儀式だと言ったはずだ」
彼は私の方を見ようともせず、ただ冷徹に言い放った。
アイスベルク家には、代々伝わる「婚姻の儀」があるという。
夫婦が共に夜を過ごし、魔力を通わせることで、領地を護る結界を強めるのだと。
けれど、私の魔力は「無能」とまで言われた微々たるもの。
彼のような強大な魔力を持つ方に、私の熱など、不純物でしかないはずなのに。
「手を、出せ」
命じられるまま、私は震える指先を差し出した。
彼はそれを、手袋を脱ぎ捨てた素手で、無造作に掴み取る。
「――っ!?」
衝撃が走った。
冷たい。
冷たいなんて言葉では足りない。
まるで、剥き出しの氷に直接触れたような、刺すような痛みが指先から全身へ駆け巡る。
「……くっ」
ジークフリート様が、短く呻き声を漏らした。
彼の指が、ぴくりと震えている。
私の体温が、彼の凍てついた魔力を刺激してしまったのだろうか。
嫌われてしまう。また、「無能だ」と突き放されてしまう。
恐怖で目を閉じ、拒絶を待っていた私の耳に届いたのは、意外な言葉だった。
「……なぜだ。なぜ、これほどまでに……温かい」
え……?
目を開けると、そこには、信じられないものを見るような目で私の手を見つめるジークフリート様がいた。
彼の灰青色の瞳が、激しく揺れている。
「閣下……?」
「君は……。君のこの、呪わしいほどの熱は、一体……」
彼の大きな掌が、私の小さな手を包み込むように力を込める。
痛いくらいなのに、なぜだろう。
彼に触れられている場所から、凍えきっていた私の体の中に、不思議な感覚が広がっていく。
ジークフリート様の肌は、確かに氷のように冷たい。
けれど、その奥に、今にも消え入りそうな「渇望」が隠れているような気がした。
「……ああ、そうだ。私は、ずっとこれを……」
独り言のように呟くと、彼は私の手を引き寄せ、あろうことかその指先に、自らの唇を寄せた。
「ひゃっ……!?」
柔らかな唇が、私の指の背をなぞる。
氷の感触と、彼自身の僅かな呼気が混ざり合い、脳が痺れるような感覚に襲われる。
ジークフリート様の瞳が、ふわりと熱を帯びた。
それは、獲物を見つけた獣のようでもあり、あるいは――
砂漠で唯一の水源を見つけた、旅人のようでもあった。
「リリアーナ。……もう一度、言う」
彼は私の手を握ったまま、ゆっくりと、私の上に覆いかぶさるように距離を詰めてきた。
耳元で囁かれる声は、昼間の冷徹さが嘘のように甘く、そして、ひどく切実だった。
「私は、君を愛することはない。……だが」
首筋に、彼の冷たい鼻先が触れる。
びくり、と体が跳ねるのを、彼は逃がさないように強く抱き寄せた。
「……今夜は、君を離してやれそうにない」
「あ、旦那様……。苦し、いです……」
「黙れ。……そのまま、私を温めていろ。……いいな?」
それは命令だったけれど、どこか縋り付くような響きが含まれていた。
私は、彼の冷たい背中に、恐る恐る手を回す。
(……この方は、ずっと寒かったのね)
私の「無能」な熱が、彼を救える唯一のものだとしたら。
それだけで、私はここにいる意味があるのかもしれない。
夜はまだ始まったばかり。
冷酷公爵と呼ばれた彼の、本当の「弱さ」を知ってしまった私は。
朝が来るまで、彼の腕の中で、溶けそうなほどの熱に浮かされ続けることになった。
「君を愛することはない」という言葉は、もはや彼自身の理性を繋ぎ止めるための、最後の「呪文」に過ぎませんでした。
リリアーナの無自覚な献身が、氷の王の心をどう壊していくのか……。
少しでも「ドキドキした!」という方は、ぜひ評価やブックマークをいただけると嬉しいです。
霧島結衣、皆様の反応を励みに、さらなる「激甘」を追求してまいります。
次回、第3話「『熱い……君は、何者だ?』」
氷が溶ける速度が、一気に加速します――。




