第18話: 氷の王の懺悔、神を呪う嘆き
城門の外。白銀の雪原を、黄金の魔力が塗り替えていく。
アーサー・グレイスが、勝利を確信したような慈愛の笑みを浮かべ、両手を広げて待っていた。
「……賢明な判断です、公爵閣下。さあ、リリアーナ様をこちらへ。彼女を救えるのは、私たちの『聖域』だけだ」
私は、腕の中に残る彼女の最後の温もりを、指先で必死に記憶に刻んでいた。
一歩、また一歩。
私の足跡が、凍てついた大地を割りながら、光の中へと進んでいく。
(……これで、いい。君は春の中で、私など忘れて笑えばいい)
私は、意識のないリリアーナを、アーサーの差し出した腕へと預けようとした。
彼女の体が、私の胸から離れ、黄金の光に包まれた――その、瞬間。
「…………い、や……」
かすかな、掠れた吐息。
アーサーの手に渡りかけたリリアーナの細い指先が、不自然に動いた。
彼女は、眩いばかりの聖騎士の衣を拒むように、私の漆黒のガウンを――その裾を、壊れそうなほどの力で握りしめたのだ。
「リリアーナ……!?」
「……離さ、ないで……。……旦那、様……っ」
閉ざされたまぶたから、一筋の涙が零れ落ちる。
その涙が私の手に触れた瞬間、爆発的な「熱」が、私の全身を貫いた。
「なっ、何だこの熱は!? 聖女の力が……暴走しているのか!?」
アーサーが驚愕に目を見開き、後退する。
リリアーナの体から溢れ出したのは、穏やかな聖女の光などではなかった。
それは、私という「氷」を求めて狂い咲く、苛烈で、独占的な「太陽の焔」。
「……神様、なんて……いらない……。……私の、居場所は……ここ、だけ……っ」
彼女の魔力が、アーサーの掲げる聖なる結界を次々と焼き切り、城門の周囲を蒸発させていく。
霧が立ち込める中、彼女は朦朧とした意識のまま、私の首に細い腕を回し、離れまいと縋り付いた。
「リリアーナ、目を開けろ! 私だ、ジークフリートだ! ……なぜだ、なぜ私を選ぶ!? あの光の中へ行けば、君は助かるんだぞ!」
私は、彼女を抱き締め直しながら、叫ぶように問いかけた。
すると、リリアーナはゆっくりと、本当にゆっくりと、その琥珀色の瞳を開いた。
「……あなたが、いない場所なんて……。……私には、死んでいるのと、同じ、です……」
彼女の瞳に、私の絶望に満ちた顔が映る。
リリアーナは、震える手で私の頬を包み込み、力なく、けれど確かに微笑んだ。
「……私の熱を、奪って……。……全部、あげます……。……だから、お願い……。私を、捨てないで……」
「…………っ!!」
私の胸の奥で、何かが音を立てて崩壊した。
彼女を救うために離れる? 記憶を消して春へ送る?
……そんなものは、私の独りよがりな、臆病な逃げに過ぎなかったのだ。
リリアーナは、私という怪物を愛しているのではない。
私という怪物に、自分をすべて喰らい尽くされることを望んでいるのだ。
「……聞いたか、光の騎士」
私はリリアーナを、二度と誰にも触れさせぬようにマントの下へ隠し、アーサーを冷酷に睨みつけた。
私の周囲に、かつてないほど強大で、けれどどこか「澄んだ」冷気が渦を巻く。
「……彼女は、お前たちの『聖女』ではない。……私と共に、地獄まで堕ちることを選んだ、私の妻だ」
「公爵閣下、正気ですか!? このままでは彼女の命が――」
「案ずるな。……彼女の熱が足りないなら、私の命をすべて差し出してでも、この氷を溶かし尽くしてやる。……失せろ。これ以上彼女に近づけば、神もろともその聖域を粉砕してやる」
ドォォォォォン!!
城門の前に、絶対的な「拒絶」を意味する氷の山が突き立ち、教団の馬車を力ずくで押し出した。
アーサーが何かを叫んでいるが、もうその声は私の耳には届かない。
私は、腕の中で再び意識を失いかけたリリアーナの唇に、己のすべてを捧げるような、深い誓いの接吻を落とした。
「……分かった、リリアーナ。……もう、どこへも行かせない。……君が燃え尽きるなら、私も共に灰になろう。……永遠に、一緒だ」
雪原に、黄金の光はもうなかった。
あるのは、互いの呪いを分かち合い、共食いするように求め合う、二人だけの蒼白き夜。
私は、世界を敵に回すことを、今、魂の底から快楽として受け入れていた。
愛ゆえの離別を、ヒロインが自ら握りつぶした第18話。
「私を捨てないで」というリリアーナの執着、そしてそれに応えるジークフリート様の狂気……。
これぞ「霧島 結衣」の真骨頂、温度差のロマンスです。
「リリアーナが旦那様を掴んで離さないシーンに鳥肌が立った!」
「閣下の『失せろ』が最高にスカッとした!」
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次回、第19話「君と分かち合う、一生消えない体温」
二人の魔力が完全に混ざり合い、氷の呪いと太陽の加護が「ひとつの奇跡」へと昇華されます。
最終決戦(?)、クライマックスまであと少し。
霧島 結衣でした。




