第15話: 氷の壁と、聖なる祈りの衝突
翌朝、ヴァイス・シュロスの謁見の間は、二つの巨大な魔力が押し合い、空気が爆ぜるような緊張感に包まれていた。
黄金の法衣を纏ったアーサー・グレイスが、聖剣を杖のようにつき、不敵な笑みを浮かべて立っている。
対するは、漆黒の礼服に身を包んだジークフリート様。
昨夜の涙が嘘のように、その瞳には冷徹な、そして絶対的な「王」の威厳が戻っていた。
彼は、私の腰を片腕でしっかりと抱き寄せ、広間全体を凍てつかせるほどの冷気を放っている。
「……公爵閣下。一晩待った回答がこれですか。……リリアーナ様をその氷の檻に閉じ込め、枯れ果てさせるつもりか」
「檻だと? ……笑わせるな、光の犬が」
ジークフリート様の低い声が、広間の石造りの壁を震わせる。
「リリアーナは、自ら私の隣を選んだ。……彼女が望むのは、お前たちが説く空虚な救済などではない。……私の腕の中にある、この熱だけだ」
「それは彼女が洗脳されているに過ぎない! リリアーナ様、こちらへ。……貴女の魔力は、世界を癒やすためのものだ。……このような凍土の怪物の私欲のために浪費してはならない!」
アーサーが聖剣を天に掲げた。
眩いばかりの黄金の光が溢れ出し、城の中にまで降り積もっていた氷の結晶を、次々と蒸発させていく。
暖かい。けれど、それは私にとって、どこか余所余所しく、刺々しい光だった。
「リリアーナ、目を開けてください! 真の光が、今、貴女を迎えに来たのだ!」
光の奔流が、私を連れ去ろうと手を伸ばす。
その瞬間――。
ドォォォォォン!!
私の目の前に、天をも貫くほどの巨大な「氷の壁」が突き立った。
それは透明で、ダイヤモンドよりも硬く、アーサーの聖なる光をすべて撥ね退けていく。
「……私の妻に、その薄汚い光を向けるなと言ったはずだ」
ジークフリート様が一歩前へ出る。
彼が指を鳴らすと、城全体の気温が劇的に、絶望的なまでに急降下した。
「聖女だか何だか知らんが、そんな役職は王都の教団で腐らせておけ。……この女は、リリアーナだ。……私の孤独を溶かし、私の体温を繋ぎ止めた、ただ一人のリリアーナだ」
「閣下、正気か!? 中央教団を敵に回せば、アイスベルク公爵家といえど――」
「構わん。……世界が私を否定しようと、神が彼女を奪おうと。……私は、私のすべてを賭して、彼女をこの腕の中に『独占』する」
ジークフリート様は、私の手を強く、強く握りしめた。
その手のひらから伝わってくるのは、冷たさではない。
私を離したくないという、火傷しそうなほどの激しい情熱だ。
「……見ていろ、アーサー。……君たちが『聖女』と呼ぶ彼女の力が、誰のために微笑むのかを」
ジークフリート様が私を見つめる。
私は、頷いた。
私は、ジークフリート様の背中に手を添え、私の中に眠るすべての「熱」を彼へと注ぎ込んだ。
すると、どうだろう。
彼の放つ氷の魔力が、リリアーナの熱と混ざり合い、美しく輝く「白銀のオーロラ」となって広間を埋め尽くしたのだ。
それは光を拒絶する闇ではなく、光を飲み込み、自らの輝きへと変える、究極の「守護」の力。
「……なっ、魔力が……共鳴している……!? 氷の呪いと、太陽の加護が、これほどまでに……」
アーサーが驚愕に目を見開く。
聖なる光は、私たちの放つ圧倒的な「愛の拒絶」の前に、霧散していった。
「……帰れ。二度と、私の城の門を叩くな。……次にその顔を見せたら、教団の本山ごと、永遠の冬へ閉ざしてやる」
ジークフリート様の最後通牒。
アーサーは悔しげに唇を噛み締め、最後にもう一度私を見つめたが、ジークフリート様の放つ圧倒的な殺気に圧され、背を向けた。
「…………今は引きましょう。……ですが、リリアーナ様。……いつか、貴女のその『熱』が彼を焼き尽くす時が来る。……その時まで、しばしの別れだ」
黄金の騎士が去り、広間に静寂が戻る。
ジークフリート様は、彼らが完全に去ったことを確認すると、糸が切れたように私を強く、壊れそうなほど抱きしめた。
「……旦那様。……勝ちましたね」
「……ああ。……怖かった、リリアーナ。……君が、あの光に目を奪われるのではないかと、死ぬほど怖かった……」
耳元で震える声。
世界を敵に回すと宣言した英雄の、これが本当の姿。
私は、彼の広い背中に腕を回し、優しく囁いた。
「大丈夫です。……私の光は、あなたを温めるためだけに、ここにあるのですから」
氷の城に訪れた、最初の試練。
それは、二人の絆を「鋼」よりも強く、そして「愛」という名の絶対的な聖域へと変えていった。
第15話、ご堪能いただけましたでしょうか!
聖騎士を圧倒的な力(と愛)で追い払ったジークフリート様。
「私の至宝に触れるな」という独占欲が、ついに世界そのものに向けられました。
「閣下の宣言がかっこよすぎる!」
「リリアーナとの魔力共鳴、尊い……」
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次回、第16話「甘い蜜月と、忍び寄る『聖女の代償』」
平和が戻ったかと思いきや、アーサーが残した不吉な予言が、リリアーナの体に異変をもたらします。
霧島 結衣でした。




