第14話: 「君を、光の中へ返すべきか」
深夜。
城の静寂を切り裂くのは、窓を叩く激しい吹雪の音だけ。
私は、冷え切った廊下を独り、ジークフリート様の私室へと向かっていた。
昼間に突き放されてから、一度も彼に会えていない。
「一人にしてくれ」と言った彼の背中が、今も脳裏に焼き付いて離れなかった。
(……嫌。あんなに悲しい背中、もう見たくない)
ノックもせずに扉を開けると、そこには月明かりさえ届かない暗闇が広がっていた。
部屋の温度は、かつての「氷の魔王」の居室そのもの。
暖炉の火は消え、床には薄く霜が降りている。
「……リリアーナか。……来るなと言ったはずだ」
闇の奥から、低く、掠れた声が響いた。
窓際に座るジークフリート様は、まるで氷像のように微動だにせず、夜の吹雪を見つめていた。
「旦那様……。お顔を見せてください。お身体が、こんなに冷え切って……」
「来るな!!」
鋭い怒鳴り声。
同時に、私の足元の床が一瞬で凍りつき、鋭い氷の棘が私を拒絶するように突き立った。
「……私の近くにいてはいけない。……あの騎士の言う通りだ。私は、君の命を吸い尽くす怪物だ」
ジークフリート様は、ゆっくりと立ち上がった。
その瞳は、絶望に濁り、自責の念で激しく揺れている。
「君の肌の白さは、私の冷気のせいだったのか。……君の温もりを貪るたびに、私は君を死へ追いやっていたのか。……そんなことが、許されるはずがない」
「違います……! 私は、そんなこと……っ」
「……行け、リリアーナ。……王都へ、光の下へ。……君には、温かな太陽と、清らかな祈りが相応しい。……私のような、呪われた氷と共に朽ちていい女ではないんだ」
彼は、初めて、私を突き放すために「命令」を使った。
その声が、あまりに震えていて。
あまりに、私を愛していることが伝わってきて。
――私の心は、悲しみよりも先に、激しい情熱で燃え上がった。
「嫌です」
私は、凍りついた床を構わずに踏み越えた。
裸足の裏に氷が刺さり、鋭い痛みが走る。けれど、そんなものは今の私の胸の痛みには及ばない。
「リリアーナ!? 止まれ、怪我をする……っ!」
「怪我をしても構いません! 凍えても構いません! ……私は、聖女になんてなりたくない。光なんて、いらない。……私の太陽は、あなただけなんです、ジークフリート様!」
私は、彼の胸に思い切り飛び込んだ。
氷のように冷たい、けれど、紛れもなく私の居場所である、その胸の中へ。
「……っ。……離せ……。君が、死んでしまう……」
「死にません! 私の『熱』は、あなたを救うためにあるんです。……あなたが冷たいなら、私が何度でも温めます。あなたが怪物なら、私も一緒に怪物になります……!」
私は、彼の首筋に手を回し、必死にその冷たい肌を温めた。
私の体温が、彼の絶対零度の魔力とぶつかり合い、白い霧となって二人を包み込む。
「……見てください。私の熱は、まだこんなにあります。……あなたを、一人にさせないくらいの熱が……っ」
涙が溢れ、彼の漆黒のガウンに吸い込まれていく。
ジークフリート様は、しばらくの間、拒絶するように腕を強張らせていた。
けれど。
「…………ああ、もう、無理だ」
不意に。
彼の大きな手が、私の背中を、壊れそうなほど強く抱き締めた。
「……私は、本当に卑怯な男だ。……君を放すべきだと分かっているのに。……君を、誰にも渡したくないと思ってしまう」
ジークフリート様は、私の首筋に顔を埋め、子供のように激しく泣き崩れた。
あんなに冷徹だった「氷の公爵」が、私の腕の中で、ただの孤独な男として震えている。
「……愛している、リリアーナ。……世界が凍りつこうと、君だけは離さない。……たとえ、これが地獄への道だとしても」
彼は私の顔を上げさせると、奪うような、狂おしいほどの深い接吻を落とした。
それは、聖女への祈りではない。
一人の女性への、一生解けない呪いのような告白。
私たちは、暗闇の中で、互いの体温だけを頼りに激しく求め合った。
外は吹雪。
けれど、この部屋だけは――
世界で一番、熱い場所になっていた。
第14話、いかがでしたでしょうか。
「自分は相応しくない」と泣くヒーローを、ヒロインが愛で包み込み、独占欲を再点火させる。
霧島結衣が最も描きたかった「愛の不可逆性」のシーンです。
「閣下の涙に胸が締め付けられた……!」
「二人が結ばれてよかったけど、教団が黙っていない気がする……」
と思ってくださった方は、ぜひ【評価】や【ブックマーク】をお願いします。
次回、第15話「氷の壁と、聖なる祈りの衝突」
翌朝、再び現れたアーサーを前に、ジークフリート様は「真の独占」を世界に宣言します。
霧島 結衣でした。




