表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

第12話: 騎士団長の受難、あるいは公爵の変貌

かつて、このヴァイス・シュロスは「生者の通わぬ氷の墓標」と呼ばれていた。

 主君であるジークフリート閣下の魔力は、触れるものすべてを拒絶し、我ら部下でさえ、その冷徹な瞳に見据えられれば心臓が凍りつくような思いをしたものだ。


 ……だというのに。


「閣下。……閣下、聞いていらっしゃいますか。国境付近での魔獣の動向についての報告です」


「…………」


「……閣下。報告書を、リリアーナ様の髪で隠すのはお止めください」


 私が深いため息とともに告げると、閣下はようやく、蜂蜜色の柔らかな髪に埋めていた顔を上げた。

 その腕の中には、もはや定位置となったリリアーナ様が、申し訳なさそうに身を縮めて座っている。


「ブリギッテ。……声が大きい。リリアーナが驚くだろう」


「驚いているのは閣下の変貌ぶりに対して、城中の人間全員です。……数ヶ月前まで『君を愛することはない』などと、どの口が仰っていたのですか」


「……その話は二度とするなと命じたはずだ。私はあの時、重度の風邪でも引いていたのだろう」


 重度の風邪どころか、魂の構造が変わってしまったのではないだろうか。

 閣下は、リリアーナ様が少しでも動こうとすると「寒いのか?」「どこへ行く」と即座に反応し、まるで親とはぐれた雛鳥のように執着している。


 さらに、最近の閣下の「独占欲」は、もはや実害のレベルに達していた。


「そういえば閣下。先日の練兵、途中で切り上げさせたのはなぜですか? 兵たちの士気が下がっております」


「……リリアーナが窓から訓練を見ていたからだ」


「それが何か?」


「カイルの野郎が、リリアーナに向けて剣を振るうたびに格好をつけていた。……不愉快だ。あのような軟弱な動き、見る価値もない。……リリアーナの瞳に、あのような雑多なものを映したくない」


「……カイルはただ、必死に訓練していただけです。あと、彼はその後、閣下の放った『謎の猛吹雪』のせいで、二日間寝込みましたよ」


 もはや公私混同どころではない。

 「氷の魔王」は今や、愛妻のためなら国家予算も軍事力も、そして物理法則さえもねじ曲げる「愛の暴君」へと成り果てていた。


 リリアーナ様が「旦那様、私、お仕事の邪魔になっていませんか……?」と不安げに尋ねると、閣下は彼女の頬を指先で愛おしげになぞり、とろけるような……いや、砂糖を十倍に煮詰めたような甘い吐息を漏らす。


「邪魔なはずがない。……君がここにいて、私の魔力を鎮めてくれているおかげで、この城の石材が砕けずに済んでいるのだ。……むしろ、もっと私に触れていろ。義務だ」


(……嘘をおっしゃい。魔力が暴走しているのは、リリアーナ様が可愛すぎて閣下の理性がパンクしている時だけでしょうに)


 私は、手に持った報告書で自分の眉間を叩いた。

 かつての静寂しじまに包まれた、あの冷徹でかっこよかった主君を少しだけ懐かしく思う。

 だが、今の閣下の、人間らしい……あまりに人間らしすぎる「必死さ」を見ていると、どうしても突き放せないのも事実だ。


「……で、閣下。お熱いところを非常に申し上げにくいのですが。……例の、教団の使者の件です」


 その言葉を出した瞬間。

 室内の温度が、冗談抜きでマイナス二十度まで叩き落とされた。

 リリアーナ様が「ひゃっ」と声を上げる前に、閣下が即座に彼女をマントで包み込み、自分の胸板へと押し込める。


「……帰せと言ったはずだ。我が公爵領に、あのような胡散臭い『聖域』の連中を入れるつもりはない」


「そうもいきません。特使として来ているのは、中央騎士団の『太陽の騎士』、アーサー・グレイス卿です。……彼は、リリアーナ様の血筋について、重大な証拠を握っていると主張しています」


「血筋……?」


 リリアーナ様が、閣下の腕の中で瞳を揺らした。

 「無能」だと捨てられた少女に宿る、強すぎる「熱」。

 それが単なる偶然ではないことを、私たちは薄々感づいていた。


「……リリアーナ。……私の腕から離れるなよ」


 閣下の声が、低く、そして脆く響く。

 彼はリリアーナ様の首筋に深く顔を埋め、まるで自分の宝物を隠すドラゴンのように、彼女を抱きすくめた。


「君を連れ去ろうとする者は、神であろうと私が屠る。……いいな、絶対に私から離れるな」


 第1章で見せた「不器用な愛」は、今や「狂信的な守護」へと加速していく。

 

 私は、窓の外……城の正門で黄金の紋章を掲げ、静かに待機する教団の騎士団を見つめた。

 

 氷の城に訪れた、かりそめの春。

 それを焼き尽くさんとするほどの、強烈な「黄金の陽光」が、すぐそこまで迫っていた。

ブリギッテさんの胃痛が止まらない第12話でした。

ジークフリート様の「甘やかし」と「暴走」のコントラスト、楽しんでいただけたでしょうか?


「閣下、もうリリアーナなしじゃ生きていけない体になってる……!」

「ブリギッテさんのツッコミが冴え渡ってる(笑)」

と感じてくださった方は、ぜひ【評価】や【ブックマーク】をお願いします。


次回、第13話「黄金の聖女を呼ぶ声、不吉な使者」

ついに新キャラ、聖騎士アーサーが登場。

彼はリリアーナを「聖女」として奪おうとするのか、それとも……?

氷と光の、新たな戦いが始まります。


明日からは1日1話の投稿予定です。

ブックマークしてお待ちください。


霧島 結衣でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ