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第11話: 溶けた氷と、甘すぎる執務室

「……旦那様。……あの、重いです」


 アイスベルク公爵邸の執務室。

 普段なら、凍りつくような緊張感が漂うはずのこの場所に、今は不釣り合いな「熱」が充満していた。


 原因は、私の背後から隙間なく抱きつき、私の肩に顎を乗せて書類を読んでいるジークフリート様だ。


「……重くない。君は、もっと肉をつけるべきだ。軽すぎて、私が力を入れるだけで折れてしまいそうで怖い」


「そうではなくて……! ブリギッテ様たちが、あんなに困った顔をして見ていらっしゃいますわ!」


 私がチラリと視線を送ると、部屋の隅で書類を抱えたブリギッテ様が、死んだような目で遠くを見つめていた。

 カイルたち若い騎士たちは、もはや直視できずに「壁の模様」になりきっている。


「ブリギッテ。……何か文句があるか?」


 ジークフリート様が、私を抱きしめたまま、氷点下の視線を部下に向ける。

 一瞬で室温が下がるけれど、私の首筋に触れている彼の鼻先だけは、驚くほど熱い。


「……いえ。閣下がリリアーナ様を『暖房器具』扱いするのを止めろと言っても、無駄だということは理解しました。ただ、その『暖房器具』に夢中で、今月の予算書の承認が止まっていることだけはご記憶ください」


「ふん。リリアーナがいなければ、私は今頃魔力の暴走でこの城ごと自爆している。……彼女の機嫌を損ねることは、国家的な損失だ」


「そんな大げさな……っ!」


 私は赤面して、彼の腕の中から逃げ出そうとした。

 けれど、逃げようとすればするほど、彼の腕は鎖のように私の腰を縛り上げる。


「どこへ行く、リリアーナ。……私のそばを離れるなと言っただろう」


「でも、お茶の準備を……」


「マリエッタにやらせろ。……君は、ここにいろ。……私の心が、また凍りつかないように」


 耳元で、甘く、低い吐息が零れる。

 第1章での「愛することはない」という言葉は、一体どこへ行ってしまったのか。

 今の彼は、一度手に入れた獲物を二度と離さない、執着の塊のような男になっていた。


「……旦那様、少しだけ、不謹慎なことを伺ってもよろしいですか?」


「なんだ」


「……昨夜も、一晩中私を抱きしめたまま眠っていらっしゃいましたよね? ……腕、痺れたりしないのですか?」


 ジークフリート様は、わずかに動きを止めた。

 そして、私の髪に深く顔を埋め、くぐもった声で呟く。


「……痺れるどころか、感覚がなくなるまで君を抱いていたい。……君が私の腕の中で安らかに眠っているのを見ると、世界中のすべてを滅ぼしてでも、この時間だけを永遠に固定したくなる」


「…………っ」


 独占欲が、重い。

 けれど、その重さが、捨てられ続けてきた私には、何よりも心地よい救いだった。


 平和な、あまりにも甘い北国の午後。

 けれど、その静寂を破るように、城の門番が慌ただしく駆け込んできたのは、その数分後のことだった。


「報告します! 王都、中央教団より特使が到着! 『太陽の聖女』の再臨を祝い、リリアーナ様を聖域へ召喚するとのことです!」


 その瞬間。

 ジークフリート様を包んでいた甘い空気が、一瞬で「死」を予感させる絶対零度の魔力へと変貌した。


「……聖女だと? ……ふざけるな」


 彼の手が、私の肩を砕かんばかりに強く握りしめる。


「リリアーナは、誰のものでもない。……私の、アイスベルクの太陽だ。……奪えると思うなよ、神の使いごときが」


 第2章の幕開け。

 それは、世界を照らす光と、一人の少女を独占しようとする氷の王の、激しい衝突の始まりだった。

第2章、開幕です!

「甘すぎる執務室」から一転、不穏な影が差し込みました。

自分の「太陽」を世界に奪われそうになった時、ジークフリート様の独占欲はどこまで暴走するのか……。


「教団の連中からリリアーナを守って!」

「独占欲全開の閣下がもっと見たい!」

と感じてくださった方は、ぜひ【第2章も応援】いただけますと幸いです。


次回、第12話「騎士団長の受難、あるいは公爵の変貌」

ブリギッテの視点から、さらにバグり散らかした公爵様の溺愛っぷりを(コメディ強めで)お届けします。

霧島 結衣でした。

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