プロローグ
ニセモノをホンモノにしたくて。
あまりにも残酷な世の中に嫌気がさして、気付けば引き篭もり。
毎日悶々としながらテレビゲームに明け暮れ、無計画の日々を過ごした。
楽しくはなかったけれど、時間はあっという間だった。
ゴールデンウィークから不登校気味になり、段々と登校頻度は落ちて、今ゴールデンライフになりつつある。
今日も何もしなかったな〜なんて思いながら寝落ちするだろう。
「コイツ何飛んでんだよ!チートだろ!チート!!!死ねよ!」
1人でいるとつい感情的になってしまう。
床を叩くと親がうるさいので枕を殴った。
「はぁぁああ?!なんで背後からの奇襲を避けられるんだよ!意味分かんねぇ!しかも死んだの俺だし……!」
曜日感覚はないがおそらく今日は日曜日。
本来なら翌日学校という事実に文句を言い、憂鬱になりながら眠りにつかなければならないが今の俺には関係のない話。
「なぜ学校に行けないのか?」と問われるとなんと返したらいいか分からない。
なんとなく教室という空間が嫌だとしか言いようがないわけだが、
強いて言うなら中学の時に受けた嫌がらせの主犯が同じクラスだということ。
アレがいなければ……う〜〜ん、行けてたね。
もし犯罪が存在しないなら俺はアイツを殺しているだろう。
俺の怒声を聞きつけたのか、父親が部屋の扉をノックする。
「海、お前宛に荷物が届いているぞ」
……荷物?
なんだろう。
身に覚えがない。
「そこ置いとけよ!」
「わ、分かった」
立ち上がるのが面倒くさい俺は後からその荷物を拾うことにした。
しかし何の荷物だろうか。
何かを注文したわけでもなければ、まだクラス替えの季節でもないので教材でもないだろう。
そもそも学校から何かが届くとも考えにくい。
なら……何?
ゲームのクソチーターを成敗することに専念していたつもりが、気付くと中身不明のその箱に魅力を感じていた。
「チッ……くそっ」
結局立ち上がる選択をした自分自身に舌打ちを入れて、已む無く立ち上がる。
扉の前に置いてあった箱を見つめた。
差出人 国立先進医工学大学。
意味が分からない。
なぜ医工大が俺に……?
まず俺と医工大との接点はないし、強いて関係を述べるなら姉が通っているということだ。
日本が誇るトップ5に位置するような名門大学が自分宛に荷物を送っている。
……怪しすぎる。
新手の詐欺を疑うレベルだ。
開けた瞬間発ガン性物質が噴き出すとか、実際にそういう事例もあったと聞くので尚更怖い。
医工大からではなく、『国立先進医工学大学』という名前で俺に送りつけてきたのであれば間違いなく犯罪だろう。
しかし自分の好奇心は止められない。
近くにカッターがなかったので、ハサミを代用してテープを切り剥がす。
匂い……問題無さそうだ。
開封と同時に顕にしたそれは、形に合わせて形成された発泡スチロールに身を纏っていた。
ヘルメット状の何かを確認し、隣に挟められていた取り扱い説明書を手に取る。
「フルダイブ型VR……?」
警戒心を強め四つ折りの説明書を広げると、1枚の紙が揺曳しながら床に落ちる。
人の手で書かれた何かだ。
感情よりもロジックを感じさせるこの筆跡は姉の物であろう。
『おバカな弟へ
たぶん説明書を読まないだろうから要約しておきます。
1.デバイスを頭部に固定。
2.楽な体勢を取り後頭部のメインスイッチを長押し。
3.網膜走査が終わるまで眼球を動かさない。
4.軽い目眩がするかもしれないけど、気にしない。
自堕落な生活で引き篭もりのあなたにお父さんもお母さんもウンザリしています。
どうせゲームしかしていないようなので私の研究に付き合ってもらいます。
おそらく世界初であるフルダイブ型VRMMOを医工大で完成させました。
よかったら試してみてください。
世界一美人なお姉様より』
姉さんはバカなのかな?
説明書を見ないつもりならこの手紙見つからないからね?
まぁ、要するに俺は姉に実験台にされたわけだ。
そんな姉の独断専行への憤りは薄く、ゲームを身を持って楽しめるという前代未聞のワードに興味津々である。
姉からの贈り物だと知っても尚VRデバイスへの恐怖は消えない。
かと言って姉に「まず自分で試せ」なんて文句を言いに行ける程の勇気はでない。
周りにやってる人がいればやりやすかったのだけど……どちらにせよやってしまうかもな。
恐怖と興味の天秤は後者に傾いていた。
結果としてデバイスのコンセントを差し、頭に装着する。
ベットに横になり、枕に阻まれた後頭部のスイッチを押す。
横に付けろよと思いつつ、電源が入ると視界が黄緑色の光に包まれた。
眼痛に耐えながら網膜走査の終了の合図まで目を開き、
やがて黄緑色の光が止み気付くと真っ白な空間に飛ばされていた。
「……は?」
その空間は同じ色と光の具合で壁や床の区別はできない。
遠くを見つめるが、地平線かどうかの判別もできない。
俺の瞳孔は迷子になっていた。
何をしたらいい……?
「ゲームスタート……?」
これが姉の言うゲームというなら俺はここで反省しろってことかい?
嫌らしいこと考えるね〜。
やや能天気なことを考えていたが、実は自分がマズイ状況に置かれていることに気付く。
「これ出れないってこと?」
ここでしばらく反省しろってことなら、つまりそういうことだろう。
「背景は白じゃなくて黒がよかったな」
いや、そういうことじゃない。
俺はしばらく手を右往左往させながら歩き回ったり、ボイスコマンドの入力を試みたりする。
「ゲーム終了、ログアウト、メニュー……おっ?」
ゲーム機でお馴染みのホーム画面が眼前に現れる。
空中に浮遊する画面に触れてみると、操作できることが分かった。
1つを除いて幾つかの項目が空白になっており、おそらくこれはゲームカセットやダウンロードによって埋まっていく物だろう。
唯一表記のある『Mimesis』というゲームをタップして見ると、不安を煽るような表記が出現する。
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[ 意識同期シークエンスを開始しますか? ]
警告: 同期開始後、現実世界の肉体は完全な不応期(弛緩状態)に入ります。
警告: 本デバイスには「痛覚フィードバック」の制限解除バグが確認されています。
警告: 同期中の強制離脱は、高次脳機能に回復不能な損傷を与える恐れがあります。
[ 同意してダイブ ] [ 現実に留まる ]
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1番目の弛緩状態に入るはなんとなく想像付いていた。
しかし2番目だけ分からない。
痛覚フィードバックとは何のことだろうか。
……あんま分からんな。
3番目の警告を見てなぜ俺が実験台にされているのかを理解した。
俺が引き篭もりだったから俺を実験台にしたのだと。
つまり、母親が「ご飯よ!いつまでそうしてるの!」て言ってデバイスを無理矢理剥がすと植物人間になりますよ〜てことらしい。
……とんでもないこと書いてんじゃん。
それらの不穏な警告に俺の心は不安に満たされる。
でも俺は姉を信じることにした。
あの真面目で根気強い姉が作った物だろうし、安全確認はされているはずだ。
俺はしぶしぶ同意ボタンに人差し指を伸ばした。




