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(7)魔法文明の洗礼

 案内されたのは、ギルドの喧騒が嘘のように消え去った、静謐な奥の一室だった。


 壁一面には、深く落ち着いた色合いのマホガニーに似た銘木が張られ、そこには歴代の功労者だろうか、肖像画が等間隔に飾られている。

 床には、歩くたびに足首まで沈み込むような、複雑な刺繍が施された厚手の絨毯。

 部屋の隅に置かれた香炉からは、微かに甘く、知性を刺激するような香木がいぶされていた。


 部屋の中央で圧倒的な存在感を放っていたのは、年季の入った黒革のソファだ。

 健斗が腰を下ろすと、革特有の軋む音と共に、身体が深く、包み込まれるように沈んだ。



「さて。まずは改めて、お近づきの印に名乗っておきましょうか」


 正面に座った艶やかな男が、羽のついた扇子を優雅に畳んだ。


「私はこの商人ギルド・アラストリア支部の長を務めている、マリリンよ。マリリンさんと呼んでちょうだい。……それで、私の好奇心をここまで連れ出した、可愛い坊やの名前は?」


 健斗は革のソファの感触に圧倒されながらも、居住まいを正して答えた。


「……ケントと言います」


「ケントちゃんね。いい名前だわ。さて、ケントちゃん。その『貴重なもの』、見せていただけるかしら?」


 マリリンの細められた瞳が、値踏みするように健斗を見据える。



 健斗は緊張で強張る指先で、リュックから三つの小瓶を取り出し、テーブルの上へと並べた。


「……これを見てください。精製された塩、砂糖、そして最高級の胡椒です」


 自信を込めて放った言葉に、マリリンは身を乗り出し、小瓶の一つを手に取った。



 中身を軽く確認し、一つまみ舐めると、困ったような笑みを浮かべた。


「……あら、坊や。期待させて悪いけれど、これらはこの街じゃ価値がつかないわ」


「え……?」


「塩なんて、海水を魔石で温めて蒸発させれば、いくらでも綺麗なものが手に入るの。砂糖も、そこら中に自生している『ルーグ』から作られるし、魔法で不純物を抜く製糖技術は、何百年も前に確立されているわ」


 追い打ちをかけるように、マリリンは胡椒の瓶を指で弾いた。


「ましてやスパイス? この王都アラストリアは、大陸全土にその名を轟かせるスパイスの集積地よ。この街で、この品質の胡椒を売ろうなんて……ふふ、砂漠で砂を売るようなものね」



 絶望。


 健斗が握りしめていた「貿易チート」の夢が、魔法という合理的すぎる技術によって一瞬で瓦解した。




 そこへ、ノックと共に給仕が現れた。


 猫と犬を混ぜたような愛嬌のある顔立ちで、全身が柔らかな毛に覆われた人物。


 彼は香りの高いお茶を二人の前に置くと、深々と一礼した。


 マリリンの目は、すでに健斗から逸れ、飽きたように窓の外へ向けられていた。

 健斗は必死に考え、ポケットからスマートフォンを取り出した。


「待ってください。こ、これを……これを見てください」


 健斗はスマートフォンのカメラモードを起動し、マリリンとお茶を運んできた給仕を十秒ほど撮影した。



 怪訝な顔をするマリリンに、健斗は撮影したばかりの動画を見せる。


「あら……」


 マリリンの目が、今日一番の鋭さで細められた。


「珍しい魔道具ね。鏡でも水晶球でもない、この板の中に景色を閉じ込めるなんて。……興味深いわ。買い取ってもいいけれど、動力は何かしら? 魔石一個でどのくらい保つの?」


「動力、ですか? ……あ、ええと、『電気』で動きます」


「デンキ……?」


 マリリンが不思議そうに首を傾げた。

 健斗は言葉を選びながら、改めて説明した。


「ええと……雷の力です。雷の力を溜めて、動かしています」


「雷の力……? あら、それなら……」


 パチッ、パチパチッ!


 マリリンが指先を鳴らすと、その手のひらから青白い火花が飛び散った。


「これで動くのかしら? 私たちの魔力から変換される『雷』と同じ力なら、これで動力の補充ができるの?」


「え、あ……どう、でしょう……」


 健斗は言葉に詰まった。


 魔法による電気がリチウムイオンバッテリーを充電できるのか、専門外の彼には判断できない。


「……雷の力を補充できるのかは、僕にもよく分からなくて……」


 その曖昧な答えを聞いた瞬間、マリリンの瞳から熱が引いた。


「……あら、残念ね。動力が補充できない魔道具なんて、ただの消耗品だわ。商人として、そんな不確定なものには投資できないわね」




***




 商人ギルドの玄関。

 健斗はマリリンに、表向きは丁寧に見送られた。


 扉が閉まり、健斗が重い足取りで雑踏へと消えていく。


 それを見送っていたマリリンは、先ほど給仕をしていた人物、ベルに声をかけた。



「……ベル。あの子を追いなさい。適度な距離でね」


 給仕としての柔和な顔を消し、ベルは鋭い動きで応えた。


「……よろしいので?」


「ええ。あの子、見たこともない『上質な皮革』の靴に、あの精密すぎる縫製のリュック……。それにあんな不思議な魔道具を持っている。出所が気になるわ。どこか遠い異国からの密偵か、それとも……」



 マリリンは扇子で唇を叩き、妖艶に微笑んだ。



「まだ誰も知らない、新しい『金の卵』の持ち主か。確かめてきて」

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