(14)至福のジャンクフード
「それじゃあ、また明日。今朝と同じくらいの時間にギルドでね」
フィオラとそう約束を交わし、健斗は彼女の後ろ姿を見送った。
異世界の時間は、どうやら地球のそれと大きなズレはないようだが、確証はない。
「明日」という言葉が、文字通り数時間後のことを指しているのを祈りながら、健斗は人目を忍んでいつもの袋小路へと向かった。
湿った石壁の前で、強く「帰りたい」と願う。
すると、呼応するように空間が揺らぎ、あのアパートの白いクローゼットの扉が現れた。
これまで確証は無かったが、どうやらケントの強い思いに反応して扉が繋がるようだった。
その確かな感触を胸に、健斗は迷わず取っ手を引き、向こう側へと飛び込んだ。
***
「……帰ってきた」
クローゼットを抜けると、窓の外には東京の夕暮れが広がっていた。
アラストリアで見た夕陽と同じ、燃えるようなオレンジ色。
時間の流れがほぼ同期していることに、健斗は胸を撫で下ろした。
彼は手慣れた動作で、クローゼットに毛布を被せ、その前に食事兼作業用のテーブルを押しやって「道」を塞いだ。
自分だけの、誰にも邪魔されない秘密の境界線だ。
一息つくと、猛烈な空腹が襲ってきた。
健斗はスマートフォンを取り出し、デリバリーアプリでハンバーガーのセットを注文した。
万が一でも部屋の中を見られたくないので、玄関先への「置き配」を指示する。
それから、ベッドの上にノートパソコンを開き、動画共有サイトの管理者画面にログインした。
画面に表示された数字を見て、健斗は思わず「うわっ」と声を漏らした。
朝の時点で10万だった再生数は、わずか数時間で30万回を突破。
コメント数も1,000件を超えており、一つずつ読むのは早々に諦めた。
健斗は今日、命がけで——いや、どぶにまみれて撮ってきた映像を取り込み、無料の編集ソフトで作業を始めた。
まずアップロードしたのは、活気あるギルド内部と「魔力ゼロ」の宣告シーンを収めた『冒険者ギルド①_冒険者登録』。
次に、住宅区での生々しい清掃風景を記録した『初依頼_どぶ攫い』。
これはあまりに長尺になったため、見応えを重視して、30分程度の動画になるようカットした。
そして最後に、報酬受領とフィオラとのパーティー結成を描いた『冒険者ギルド②_結果報告』を並べる。
動画サイトの反応を想像してワクワクしながら、アップロード完了を待った。
スマホに「配達完了」の通知が届く。
玄関のドアを開け、地面に置かれた紙袋を素早く回収した。
健斗は、地上波の番組が見れるパソコンアプリでバラエティ番組を流しながら、包み紙を乱暴に剥いた。
包み紙を剥いた瞬間、部屋の空気が一気に「ジャンク」な幸福感に塗り替えられた。
立ち昇る湯気と共に鼻腔をくすぐるのは、直火で焼かれた牛肉の香ばしい匂いと、濃厚なチェダーチーズの、少し背徳感のある香り。
指先に伝わるバンズの熱は、ふっくらとしていながらもしっかりとした弾力がある。
黄金色のチーズは熱で溶け出し、パテの縁からとろりと滴り落ちて、溢れ出る肉汁と混ざり合って艶やかな輝きを放っていた。
健斗はそれを、顎が外れんばかりの大きな口で豪快に頬張った。
前歯がバンズを突き破ると、中から熱々の肉汁がジュワリと溢れ出し、口内を支配する。
パテの荒々しい肉の食感と、玉ねぎの甘み、そして舌に絡みつくようなチーズのコク。
どぶ掃除で空っぽになった胃袋に、油の旨味がダイレクトに染み渡っていく。
そこへ、氷がジャラジャラと小気味よい音を立てるプラスチックカップを引き寄せた。
ストローを吸い込むと、キンキンに冷えたコーラが勢いよく喉へ飛び込んでくる。
シュワシュワと弾ける強炭酸の刺激が、パテの脂っぽさを爽快に洗い流し、鼻から抜ける特有のスパイスの香りが快感をブーストさせる。
「……っはあぁ、最高だ……」
氷がカランと音を立てる。
その冷たさと炭酸の余韻に浸りながら、健斗は自由の味を噛み締めた。
数日前までの自分。
深夜までオフィスに残り、上司の機嫌を伺い、胃を痛めながらカップ麺を啜っていた生活。
今は、誰の指図も受けない。
何にも縛られない。
異世界で泥を攫い、その様子を世界に見せつけ、こうして好きなものを食べて笑っている。
どぶ掃除の疲れと、会社員時代の心の澱が、温かな部屋の中に溶け出していくようだった。
「明日は……いよいよパーティーとしての初仕事かな」
フィオラの言葉、あのしなやかな指の感触を思い出しながら、健斗は至福の時間を過ごすのだった。




