(13)銀髪の相棒と、新しい門出
どぶ掃除の汚れを落とし、身軽になった健斗は、フィオラと肩を並べて冒険者ギルドへと向かった。
夕暮れ時の王都は、昼間とはまた違う活気に満ちている。
だが、それ以上に健斗の意識を支配したのは、周囲からの強烈な「視線」だった。
(……すごいな。やっぱり、フィオラさんはこの世界でも特別なんだ)
すれ違う人々が、例外なく足を止めて彼女を振り返る。
称賛、羨望、そして隣を歩く地味な身なりの健斗に対する「何だあいつは」というやっかみの視線。
健斗は気まずさを紛らわすように、気になっていたことを尋ねた。
「あの……さっき自分のことを『エルフ』だって言ってましたけど、それってどういう種族なんですか?」
「ふふ、そんなことも知らないの?」
フィオラは歩調を緩めることなく、穏やかに教えてくれた。
「エルフは、ここからずっと遠い森の奥に国を持っている種族よ。外界とはあまり交流を持たない、少し閉鎖的な一族ね。特徴はこの尖った耳と、人間より少しだけ長い寿命……あとは、自然の精霊に干渉する魔法が得意な人が多いわ」
長い寿命に、自然を操る魔法。
健斗は、改めて自分が非現実的な存在と並んで歩いていることを実感し、少し背筋が伸びる思いがした。
***
冒険者ギルドの扉を開けると、先ほど以上の視線が健斗を射抜いた。
正確には、健斗というよりは隣のフィオラに。
「おい、フィオラさんと一緒に来たのは誰だ?」
「新顔か? 見たことないな」
「いや、昨日登録に来てた、あの『魔力ゼロ』のやつじゃないか?」
ひそひそとした陰口がホールに響く。
健斗は身を縮めながら、フィオラと共に受付カウンターへと向かった。
「お疲れ様です、ケントさん。住宅区の清掃依頼ですね」
受付の女性が、慣れた手つきで書類を確認する。
「はい、依頼主の役人の方からも完了報告が届いています。こちら、報酬の200ガルです」
手渡された小銭袋。
1ガルを30円とすれば、だいたい6,000円ほど。
泥まみれの数時間でこれなら、悪くない。
「それと、依頼主の方が『明日もぜひケントさんにお願いしたい』と指名に近い形で仰っていましたよ。初依頼でここまで高評価なのは珍しいですね」
「えっ、本当ですか。……よかったです」
受付嬢とフィオラ、そして健斗の三人がそんな会話を交わしていた、その時。
背後から、ギルドの空気を震わせるような、粗野で乱暴な男の声が響いた。
「——おいフィオラ! お前、今日はどこをほっつき歩いてたんだ! 探し回ったぞ!」
振り返ると、そこには身の丈ほどもある大剣を背負い、鉄製の無骨な防具を纏った若い男が立っていた。
野性味のある風貌だが、その瞳には苛立ちが露わになっている。
「あらリーダー。ごめんね、今日は大事な用事があったの」
フィオラが落ち着いた声で返す。
健斗は察した。
あの男が、例の「パオムが好物なリーダー」なのだと。
「大事な用事だと? ……おい、誰だその横にいる貧弱そうな男は。そいつが『用事』か?」
リーダーと呼ばれた男が、獲物を見定めるような目で健斗を睨みつけた。
「いいかフィオラ。明日はパーティーにとって大事な大型討伐の依頼なんだ。今日みたいに勝手にいなくなられると困るんだよ!」
「……その件なんだけど。ごめんねリーダー、私、あなたのパーティーを抜けることにしたから」
「……は?」
一瞬、ギルド中が静まり返った。
リーダーの男も、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっている。
「ど、どういうことだ……。抜ける? なぜだ!」
「この人と、パーティーを組みたくなったの」
そう言うと、フィオラは健斗の腕をぐっと引き寄せた。
「なっ……!?」
健斗の二の腕に、彼女の柔らかい胸の感触が当たる。
そのあまりの衝撃に、健斗の思考はホワイトアウトしかけた。
「ふざけるな! 一緒に冒険者として成り上がろうって、熱く語り合った仲じゃねえか!」
「あなたが一方的に喋ってただけでしょ? 私があなたのパーティーに入ったのは、この街に初めて来た時に、たまたま魔法使いを募集していたのがあなたたちだけだったから。それ以上の他意はないわ」
突き放すようなフィオラの言葉に、リーダーの顔が屈辱で真っ赤に染まった。
「認めねえ……! こんな、どぶ掃除しかできねえような貧弱野郎が、お前の隣に立つなんて認められるかよ!」
逆上したリーダーが、健斗に向かって拳を振り上げた。
健斗が身を竦ませた、その瞬間。
「……『木よ、芽吹け』」
フィオラが小さく囁いた。
直後、ギルドの木製の床が「生き物」のようにうねり、変形した。
木の板が根っこのようにリーダーの足首に絡みつき、勢いよく彼を床へ叩きつける。
「うわあああ!?」
「ごめんね、リーダー。……行こう、ケント」
フィオラは呆然とする健斗の手を強く握ると、そのままギルドの外へと駆け出した。
***
王都の外れ、夕日が街並みをオレンジ色に染め上げる噴水広場まで来ると、フィオラはようやく足を止めた。
彼女は健斗の手を離し、少しだけ済まなそうに眉を下げた。
「……勝手にいろいろ決めちゃって、ごめんね。驚いたでしょ?」
「あ、いや……それは大丈夫ですけど。でも、本当にいいんですか? あの、パーティーとか……」
「ええ。私、ケントとパーティーを組みたいって、本気で思っているの。……良かったら、考えておいてくれる?」
健斗は胸の高鳴りを抑えながら、彼女を真っ直ぐに見つめた。
「嬉しいです。……でも、一つだけ聞かせてください。どうして、昨日会ったばかりの僕のことを、そこまで気にかけてくれるんですか?」
その問いに、フィオラは夕日に照らされた銀髪をなびかせ、少しだけ悲しげに、それでいて慈しむように微笑んだ。
「……今は、まだ言えない。ごめんね」
「……そうですか」
「でも、いつか……絶対、あなたに伝えるわ。約束する」
はぐらかされた。
けれど、その言葉には嘘偽りのない重みがあった。
健斗は、自分の足元を見た。
泥だらけの靴。
魔力のない自分。
けれど、この世界で初めて差し伸べられた「本当の手」を、離したくないと思った。
「わかりました。……じゃあ、僕からもフィオラにお願いします」
健斗は右手を差し出した。
「僕と、パーティーを組んでくれませんか?」
フィオラの瞳が、ぱあっと明るく輝いた。
「……ええ。喜んで!」
彼女が健斗の手を、力強く握り返す。
エルフの細く、しなやかな指の温もりが、健斗の心に深く刻まれた。
「……ところで、一つ聞いてもいいですか?」
「なあに?」
「あの……『パーティー』って、具体的になにをすればいいものなんですか?」
「……」
フィオラは、握った手のまま固まった。
「…………えっ。ケント、あなた、そんなことも知らないで『組もう』って言ったの?」
「あ、いや、なんとなくの知識ならあるんですけど……実態というか、ルールがよく分からなくて……」
「……あはは! 本当、あなたは面白いわね!」
フィオラはこらえきれずに吹き出し、お腹を抱えて笑い出した。
赤く染まった空の下、彼女の鈴の鳴るような笑い声がいつまでも響いていた。




