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(11)冒険者ギルドと、ゼロの洗礼

 三度目となる王都アラストリアの路地裏。



 健斗は石壁の冷たさを背中に感じながら、深く息を吐いた。


 もはやここへ来ることに迷いはない。

 だが、この世界で「ただの不審者」として終わるつもりもなかった。


(まずはこの世界のルールを知ること。そして、この世界で生きていくための「金」を稼ぐことだ)


 健斗は、確かな足取りで表通りへと向かった。




***




「お前、本当に毎日来るな」


 露店の前に立つと、あの猪頭の店主が呆れたように鼻を鳴らした。


「すみません。あ、そうだ。まだお名前を聞いていませんでしたね」


「俺か? 俺はボルゴだ。この道三十年のパオム売りだよ」


 ボルゴ。

 この世界で初めて会った人の名前だ。

 忘れないように心に刻む。


 健斗は単刀直入に切り出した。


「ボルゴさん。僕はケントっていいます。僕、ここでお金を稼ぎたいんです。でも、何からすればいいか分からなくて。よそ者でもできる仕事はありますか?」


「稼ぎたい、か。まあ、あのパオム一玉も買えねえようじゃ話にならねえからな。……いいか、この街で身元のねえ流れ者が手っ取り早く稼ぐなら、『冒険者ギルド』に登録して仕事をもらうのが一番だ。あそこなら実力次第で、どこの誰とも知らねえ奴でも金が手に入る」



 ボルゴは親切にギルドへの道を教えてくれた後、ニヤリと笑った。


「金を稼いだら、真っ先にうちのパオムを買っていけよ」




***




 ボルゴに教えられた通り、大通りを五分ほど歩くと、二階建ての堅牢な石造りの建物が見えてきた。

 入り口には剣と盾を組み合わせた無骨な看板が掲げられている。


 健斗は建物の前で立ち止まると、襟元に忍ばせたウェアラブルカメラのスイッチを入れた。


(ここからが、本当の「ロケ」の始まりだ……)



 重厚な木製の扉を押し開けると、そこには「異世界」の凝縮された熱気が渦巻いていた。


 広々としたホールは、酒場と役所が混ざり合ったような独特の雰囲気だ。


 左手には、使い込まれた木のテーブルが並び、昼間からエールを煽る屈強な戦士たちが大声で笑い合っている。

 右手の壁一面には、膨大な数の羊皮紙が貼り出された巨大な掲示板。


 空気に混じるのは、錆びた鉄の匂い、獣の体臭、そして煮込み料理の濃い香り。



 カメラは、その一つ一つの「生々しさ」を確実に記録していく。



 健斗は緊張を抑えながら、正面にある受付カウンターへと向かった。


「冒険者登録をしたいのですが」


 声をかけた先にいたのは、制服を隙なく着こなした、驚くほど整った容姿の女性だった。



「はい、承りました。では、こちらの用紙に必要事項をご記入ください」


 差し出されたのは、独特の繊維が残る厚手の羊皮紙。


 健斗はペンを握り、固まった。


 看板の文字や彼女の言葉の意味は頭に直接流れ込んでくる。

 「読む」ことはできるのだ。

 しかし、「書く」ための文字の形がどうしても思い出せない。


「あの、すみません……。読みはできるんですが、書くのが少し苦手で」


「あら、珍しいことではありませんわ。では、私が代筆いたしますね」



 受付嬢は嫌な顔一つせず、ペンを走らせた。


「お名前は?」


「ケントです」


「出身地はどちらでしょう?」


「……あの、あの山の向こうにある……」


「ああ、山の向こうの『コルン村』ですね? 最近、あちらから来られる方が多いんです。あそこなら確かに、少し訛りがあっても不思議じゃないわね」


 受付嬢は手際よく、「ケント」「コルン村出身」と記入していく。



「さて、次は魔法適性についてですが……。ご自身の属性はご存知ですか?」


「いえ、分からないです」


 健斗の答えに、受付嬢は少しだけ眉をひそめた。


「コルン村って、そんなに田舎だったかしら……。今時、小さな子供ですら洗礼の際に調べるというのに。……仕方ありませんわね、こちらへ」



 彼女はカウンターの奥から、淡い光を放つ透明な水晶玉を取り出した。


「この水晶玉に手をかざしてください。これで、適性のある属性と、あなたの内に眠る魔力量が分かります。通常は一つの属性、ごく稀に二つの属性を持つ方もいらっしゃいますね」



 健斗の心臓が、ドクンと跳ねた。


 異世界転移。


 文字も言葉も自動で翻訳されている。

 これは、いわゆる「チート」のフラグではないか?


 三属性、いや四属性……。全属性適性の大魔導師、なんて展開も夢じゃない。



「はい、手を置いて」


 健斗は祈るような気持ちで、冷たい水晶玉に両手をかざした。



 ……十秒。  ……二十秒。  水晶玉は、ぴくりとも動かず、ただの無機質なガラスの塊としてそこにあった。


「……? おかしいわね。故障かしら」


 受付嬢が水晶を叩き、首を傾げる。



 そして、何度も確認した後、彼女は信じられないものを見るような目で健斗を見た。


「ケントさん。……驚きました。適性なし。そして、魔力量がゼロです」


「……ゼロ?」


「ええ。どんなに小さな羽虫でも、魔力の欠片くらいは持っているものです。完全にゼロだなんて、あり得ませんわ。……生きていらっしゃるのが不思議なレベルです」



 健斗の頭の中で、壮大なチート無双の夢がガラガラと崩れ落ちた。



 特別な力など、何もない。

 自分はやはり、ただの「無能な人間」でしかないのだ。


「……とりあえず、登録は完了です。こちらがギルドカードです。身分証代わりになりますので、街の出入りには必ず提示してください」



 渡されたのは、鈍い光を放つ銅製のプレートだった。


 健斗はそれを力なく受け取り、消え入りそうな声で聞いた。


「……こんな僕でも、できる仕事はありますか?」



 受付嬢は少しだけ気の毒そうな顔をすると、パラパラと依頼書をめくった。


「そうですね……。魔力も体力も問わないものとなると……。これなんていかがでしょう? 住宅区の『どぶ掃除』です。かなり汚れますが、特別なスキルは必要ありません」



 かつてIT企業で、画面上の「ゴミ」を掃除していた男。

 今度は異世界の路地裏で、本当の泥を掬うことになった。



「……やります。受けてもいいですか」


 健斗はそう答えると、依頼書を握りしめた。



 カメラは、その惨めなほどに震える手のひらを、残酷なまでに鮮明に捉えていた。

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