8.人間のクズ。
「じゃぁ、会社にもどるな。」
「うん。」
詩音は、少し寂しそうに俯く。
「どうした?」
「ううん。何でもない。」
健人が、シャツを着て立ち上がろうとすると、
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
「誰だろ?荷物頼んだっけ?」
詩音は立ち上がり、少し不安気にインターホンの画面を見た。
「ハァ。」
画面を見ながら、詩音は大きなため息をつく。
「どうした?」
健人は、様子の変な詩音に心配そうに声をかける。
「ちょっとだけ、ソファーに座って待ってて。」
詩音は、思い詰めた様な表情で、健人に言うと、インターホン越しに何か話している。
健人は、心配しながらも、言われた通りにソファーに座り、待っている。
詩音は、寝室に入ると、何やらゴソゴソとして、手に封筒を持って出てきた。
ピンポーン。
部屋のインターホンが鳴った。
「ごめん。健人くん、もうちょっと待ってて。」
「あ、うん。大丈夫?」
「大丈夫。」
詩音の顔は、大丈夫そうでは無かった。
玄関からは、詩音と女が話す声がしているが、内容は聞き取れない。
・・・あの封筒、多分お金だよな・・・。
健人は、気になり、リビングのドアまで近づいた。
「だから、もう、これで最後にして!」
詩音の悲痛な叫びの様な声が聞こえる。
「何?お母さんを見捨てるの?
沢山稼いでるんだから、助けてくれてもいいでしょ!」
女も、叫ぶ。
「あなたの事、お母さんだなんて思わないよ!いい加減にして!」
「あらあら、なら、マスコミに特ダネ売って、お金に換えるまでよ〜。」
・・・母親?
・・・・とは思えない様な事を言ってる気がする。
健人は、顔も見えない声の主に、憎悪を抱いている。
「また来るわね〜。」
ガチャ。
女が帰った様で、健人はドアの取っ手に手をかけた。
バタン。
廊下から、大きな音がする。
「詩音?」
健人は、恐る恐る、ドアを開けた。
ドアの向こうでは、詩音が膝から崩れ落ちた様子で、うずくまっていた。
「詩音!」
健人は、詩音に駆け寄る。
振り向いた詩音の目尻からは、涙が溢れ出し、こぼれ堕ちていた。
「ど、どうしたんだよ!」
健人は、無意識に詩音を抱きしめた。
「ちょっと、どさくさに紛れて、セクハラよ?」
詩音は、気丈に振る舞おうとする。
「通報しろよ。刑務所でも何でも入ってやる。だから、今は、こうする。」
健人は、強めに詩音を抱きしめる。
「バカ・・・ありがとう・・・うぇ~ん。」
健人の胸に顔を押し付けて、詩音は泣き出した。
「よしよし。」
健人は、詩音を抱きしめたまま、優しく頭を撫でつづけた。
「ふぅ。落ち着いた。」
詩音は、健人から離れると、照れくさそうに、健人から目を反らした。
「なぁ、聞いていい事だったら聞くけど?話したら少し楽になるんじゃないか?」
健人は、詩音を真っ直ぐ見つめる。
「・・・他言無用だよ?」
「うん。」
健人は親権な顔をしている。
「少し長くなるから、一旦会社戻ってから来てくれる?」
「分かった。」
健人は、荷物を手に持ち、立ち上がる。
「すぐ戻るから。」
「うん。待ってる。」
詩音は、少し嬉しそうな、悲しそうな、なんとも言えない表情で俯いた。
健人は、走って会社に戻った。
「お疲れ様です!」
「健人くん、お疲れ様。」
「すいません!急いでて!お疲れ様でした!」
健人は、掃除用具などを大急ぎで片付けると、会社をすぐに出ようとする。
「健人くん!ちょっと待ちなさい!」
店長は、健人を呼び止めた。
「店長!明日!明日早く来るので!
今日はすいません!」
店長の制止を振り切り、健人は会社を後にした。
「・・・健人くん、どうした?」
店長は、いつもは真面目で大人しい健人の、ものすごい剣幕に圧倒され、呼び止めるのを諦めた。
「残業の時は連絡してと言いたかっただけんだけどな・・・まぁ、いいか。」
ハァハァハァ。
ピンポーン。
息を切らした健人が、インターホンを押すと、自動ドアが開く。
健人は、エレベーターで走れないのがもどかしかった。
ピンポーン。
ガチャ。
鍵が空く音がする。
健人は、すぐにドアを開け、リビングに走った。
「ハァハァハァ。詩音!大丈夫か!?」
健人が心配そうに叫び、詩音を探すと、詩音は、ダイニングテーブルに座り、健人の作り置きした料理を食べていた。
バタン。
健人は、膝から崩れる様に、床に座る。
「何だよ。元気そうで良かった。」
「健人くん、これ美味しいよ!」
詩音は幸せそうに、健人の作った料理を食べている。
健人は、安堵の表情で向かいのイスに座った。
「で?」
「食べ終わったし、ソファーいこ?」
「俺もお腹空いた。」
「う〜ん。私の大事な食料を渡す訳には行かないからな〜。」
詩音は、親権に悩んでいる。
「欲張りな奴め。」
健人は不満気に詩音を睨む。
健人に睨まれて、詩音は仕方なさげに立ち上がる。
「う〜ん。じゃぁ、これあげるよ。」
詩音は、冷蔵庫を開けたまま、真剣に悩んだ様子で、健人が作った、タッパーに入ったパスタを冷蔵庫から取り出した。
「レンジで温めるね。」
「ありがとう。」
健人は、空腹もあり、パスタを一瞬でたいらげた。
「ふぅ。」
健人は満足気だ。
「私のパスタ〜。」
空のタッパーに、詩音は切ない目線を送る。
「連絡くれたら、ご飯くらいは作りにきてやるから。」
「む〜。だって、私、健人くんの連絡先知らないし。」
「あぁ、そうだったな。
自粛期間中、連絡したかったの忘れてたわ。」
「えっ?連絡したかったの?」
「そりゃぁ、心配だったし。」
「・・・嬉しい。」
「そ、そう。」
二人は、少し照れくさそうに目を反らし合ったあと、スマホをお互いに差し出し、連絡先を交換した。
健人は、隠しきれない嬉しさを隠す様に立ち上がる。
「タッパー洗うから。」
健人が手をだすと、詩音は健人を見つめる。
「タッパーくらい洗っとくよ。」
「・・・いや、信用できませんが?」
「・・・。」
詩音は、黙って自分の食べた分のタッパーを健人に差し出した。
「よろしい。」
健人は、ササッとタッパーを洗い、ソファーに座った詩音の隣りに、少し距離を明けて座った。
「ねぇ。」
詩音は少し不安気に健人を見る。
「何だ?」
「私がどんなでも、嫌いにならない?
また来てくれる?」
「・・・どんな秘密があっても、俺は詩音の味方でいたい。そう思ってるから戻ってきた。」
「合間。」
不満気に詩音はそっぽを向く。
「・・・分かった、約束。」
健人は、小指を立てて、手を差し出す。
「・・・うん。ありがとう。」
詩音は、健人の小指に自分の小指を絡めた。
「くっついていい?」
「・・・いいけど。」
照れくさそうにする健人に擦り寄り、詩音は、健人の胸元に頭を置いた。
「口に出すのも恐くて。このまま話すね。」
詩音の体が少し震えている様に感じた健人は、詩音の肩にうでを回し、優しく包む。
「ゆっくりでいいよ。」
「うん。私・・・私は、殺人犯の娘です。」
「えっ?」
健人は、どんな話か想像もつかなかったが、思っていた以上の内容に、驚いた。
「驚くよね。嫌いになった?」
「いや。詩音が悪い訳じゃないだろ?」
「まぁ、そうだけど、世間はそんな事、言ってくれないよ。」
「・・・だろうな。」
「私、小さい頃の記憶がないの。
記憶があるのは、施設に引き取られて、しばらくしてからの事まで。」
「記憶?」
「うん。施設を出るときに教えてもらったんだけど、さっき来たのが私の母親・・・で、お父さんを殺した人。
記憶がないけど・・・なんか、感覚で分かる。私はあの人が嫌いだった。
それから、お父さんが大好きだった。
その感情だけは残ってる。」
「そっか。で?なんであの女に、お金渡してたんだ?」
「あはは。隠してたつもりだったのに、全部バレちゃってたんだね。」
「いや、何となくそんな気がした。」
「刑務所を出た母親は、テレビに写る私を見て、私だって気づいたみたいで、住んでるところまで突き止めた後で、私を脅してきた。
もう、数年、お金を渡してる。」
「ひどいな。ムカつく。」
健人は、静かに拳を握る。
「うん。最低な人だと思う。
私ね、施設でういてたし、仲のいい子もいなかった。だから、一人でいたい。絶対自立してここを出てやるって思って、そんな事思いながら毎日過ごしてた。
そんな時、テレビのアイドルを偶然見て、素敵!私もこうなりたいって思ったの。」
「それでアイドルになったんだ。」
「うん。まさか、こんな所まで来れるなんて思ってもいなかったけどね。」
「そうだな。スーパーアイドルだもんな。」
健人は、優しい笑顔で詩音を見つめ、頭を優しく撫でた。
「えへへ。」
詩音は、嬉しそうにしている。
「記憶がないから、細かい事は分からないんだ。だから、知ってるのはそれだけ。」
「以外と早く終わったな。会社戻らないでも良かったんじゃ?」
「それは思っても言うな。」
不満そうに、詩音は健人を見上げる。
「あぁ、悪い。」
「ふふっ。残念ですが、長くなるのはここからだよ?」
「ん?まだ続きがあるのか?」
「違う。こんな話したら、不安になるから、落ち着くまでこうしてて。」
詩音は、健人の手を取ると、自分の胸に当てた。
「お、おい!詩音!」
健人は、手をのけようとするが、詩音は離さない。
「ねぇ。ドキドキしてるの分かる?」
「・・・あぁ、鼓動が早い。」
「嫌われたらどうしようって不安だったし、でも、健人くんには知った上で傍にいて欲しいって思ったから。」
「うん。分かった!分かったから、もう離していいか?」
健人は、頭がおかしくなりそうだった。
「こんなに真剣な女の子にやましい気持ち沸くんだ〜。」
「・・・残念だったな。沸きすぎて沸騰寸前だ。」
「ふふっ。健人くんの心臓も早い。」
「あー!いい加減にしろ!」
健人は強引に手を離した。
「あー!もぅ。」
少し寂しそうに、詩音は俯いた。
「ハァハァハァ。詩音、今日おかしいぞ。色々大変だろうと思ったから頑張ったけど、限界だ。男である俺の身になってくれよ。」
「いいよ。健人くんなら。私を全部あげても。」
詩音は、小さく呟く。
「何?」
健人は、聞き取れなかった様で、聞き返す。
「なんでもない!」
詩音は立ち上がる。
「自粛明けたとこだもんね!スーパーアイドルは、明日からもがんばる!」
詩音は、振り返ると、健人を見つめて拳を握る。
「元気になったな。」
「うん!ありがとう!もう帰って大丈夫!」
「そうかよ。最後は雑な扱いだな。」
不満気に健人は立ち上がる。
「つらかったり、ご飯足りなかったら、いつでも連絡してこいよ。」
健人は、心配そうに、玄関のドアを開けた。
「ありがとう。」
詩音は名残惜しそうに小さく手をふった。




