4.独り立ち
「おはようございます!」
健人は、元気良くバイト先の会社のドアを開ける。
初出勤から2週間ほどたち、健人は大分仕事に慣れていた。
今日は週一度の、詩音の家に行く日だ。
「健人くん!大変だ!」
「ど、どうされました?」
健人の姿を見るなり、店長が詰め寄り、健人は不安気に尋ねた。
「杏子さんが!杏子さんが!」
「お、落ち着いて下さい店長!」
「ゔ、ゔん。」
健人に言われて、正気に戻った店長は、咳払いして、健人を見つめる。
「杏子さんが、入院した。2週間くらいは入院するそうだ。」
「えっ!?どうされたんですか?!」
健人は心配そうにしている。
「自転車で転んだそうで、骨折だ。
まぁ、元気そうだったから、心配は無い。」
「そうですか・・・あっ!中條さんの所は?杏子さんじゃないと嫌だって、中條さん言ってましたよ?」
健人は、だだをこねる詩音を思い出しながら問いかけた。
「それなんだが、杏子さんが、健人くんならもう一人で大丈夫。
健人くんなら、中條さんも承諾するだろうと言っていてね。
初の一人現場が、中條さんの所と言うのも心苦しいが、頼めるか?」
店長は、少し心配そうに健人を見る。
「・・・やります!やってやりますよー!」
健人は、やる気に満ちた表情で答えた。
「そうか。よろしく頼む。」
「はい!では、準備します!」
健人は、準備を整え、詩音の自宅へ向かった。
「すごいよな〜。スーパーアイドルになれば、こんな所に住めるんだな〜。」
高層マンションを見上げて、健人はポカンとする。
「いかん、いかん!さぁ!がんばるぞっ!」
ピンポーン。
健人は、エントランスのインターホンを鳴らす。
「えっ?杏子さんは?」
「申し訳ありません。今日は俺だけなんです。」
健人はインターホンに向かって頭を下げる。
「・・・まぁ、いいわ。入って。」
ウィーン。
自動ドアが開くと、健人はエレベーターに向かった。
「よかった。とりあえず、門前払いは免れたな。」
健人は、エレベーターで、肩をなで下ろし、小さく呟いた。
ピンポーン。
「カギ開けるから入って。」
「う、うん。」
健人は、玄関のドアを開け、部屋に入るなり、落胆する。
「相変わらず、なかなか。
玄関まで来れなかったという事か。
カギ自動でよかったな。」
「む〜。仕方ないでしょ?毎日クタクタなんだから。」
独り言の様に呟く健人を、廊下の向こうから見ていた詩音が不満気に言う。
「大丈夫!そんな詩音の為に俺達がいる!任せろ!」
健人は、荷物を下ろすと、早速、玄関と廊下から片付けに取り掛かろうとする。
「あのさ。」
片付け出した健人に詩音は話しかけた。
「なんでしょ?」
しゃがみ込んだ健人は、詩音を見上げる。
「その、下着・・・一応、気をつけてるんだけど、出てきたら、触らないで私を呼んで。」
「ん?大丈夫だ!俺は気にしないぞ?」
「私が気にするのー!」
詩音は顔を赤くして叫ぶ。
「そ、そう。別に仕事なんだし、気にしなくていいのに。
まぁ、分かったよ。」
「お願いね。」
詩音は、心配そうにリビングへ歩き出した。
「なぁ、詩音さん?」
健人に呼びかけられ、詩音が振り向くと、早速廊下の衣服に紛れた下着が顔を出していた。
「キャーー!」
ドタドタ。
詩音は、下着に向かって駆け寄る。
「キャッ。」
散乱した衣服に足を取られ、詩音は健人に向かって倒れ込んだ。
「危ない!」
健人は、詩音を抱きかかえる様に受け止めた。
「ふぅ。今度は受け止めた。」
健人の謎の発言に、詩音は抱きしめられたまま、考え込んでいる。
「今度は?」
詩音は、健人の顔を見上げる。
「いや、こないだはすり抜けたから。」
「すり抜けた?・・・キャーー!」
詩音は、我に返り、健人を押しのける。
ドンッ。
健人は、床に尻もちをついた。
「いてー。ひどいな〜。」
「ご、ごめん。つい。」
詩音は、照れた表情で、頭を少し下げた。
「まぁ、大丈夫。」
「スーパーアイドルを抱きしめられたんだし、チャラって事で。」
詩音は、照れ隠しの様に言うと、下着を取り、洗面所に入っていった。
「チャラってなんだよ。」
不満気に呟くと、健人は片付けを再会した。
床に放置された分が大分片付いてきたとき、リビングで作業する健人に、詩音は話しかけた。
「ねぇ。杏子さんはどうしたの?急用とか?」
「いや、入院。」
「え!?入院!?」
ソファーに座っていた詩音は立ち上がり、健人に詰め寄る様に近づく。
「うん。」
「何?まさか病気!?」
「いや、大丈夫。大丈夫?
自転車で転んで骨折って聞いてる。」
「杏子さん・・・心配。」
詩音は、心配そうに、健人の隣りに座る。
「俺もさっき聞いた所でさ、どんな感じかは分からないんだ。店長は元気だって言ってたけど。」
「・・・そう。」
「うん。」
「ねぇ。終わったらお見舞い行かない?」
「え?いいの?」
「何が?」
「いや、部屋こんなになるくらい疲れてるなら休めば?」
「だって。杏子さん心配なんだもん。」
「分かった。入院してる病院、聞いとく。ちょっと寝たら?」
「寝込みを襲うつもりね?」
「はぁ〜。襲うつもりなら、もう襲ってると思わないか?」
健人は、呆れた様に言う。
「それもそうね。じゃぁ、終わったら起こして。」
「分かった。」
健人は、杏子に病院を聞くメッセージを送ると、片付けを再会した。
大方片付いて、洗濯をしようと、洗面所に来ると、洗濯機には、大量の下着だけが掘り込まれていた。
「あいつ・・・これじゃ洗濯できないだろ。」
健人は頭を抱える。
「もう寝てるだろうな。休ませてやりたいし、ここは強行突破だ!」
健人は、洗濯機にそのまま掘り込まれた下着を、杏子が買ったのだろうと思いながら、洗濯機の横に綺麗にたたまれて置かれたネットに入れ、洋服と一緒に洗濯機を回した。
「よし!次は掃除と、作り置きの料理だな。」
健人は一生懸命働いた。
「ふぅ、大体終わったな。あとはタッパーに料理を詰めれば完了っと!」
タッパーに入れた料理を冷蔵庫に綺麗に並べると、健人は詩音の寝室のドアをたたいた。
トントントン。
「おーい。詩音、終わったぞー。」
シーン。
詩音の返事は無い。
「熟睡してるのかな?」
健人は、恐る恐る、ドアを開ける。
「入るぞー。」
スースースー。
詩音は、熟睡している様だ。
「疲れてるんだろうな。」
健人は、ヘッドの横に座ると、無意識に詩音の頭を撫でた。
「う〜ん。」
「お、おぃ!」
寝ぼけた詩音が、健人を抱き寄せた。
「し、詩音。起きろ〜。」
抱きしめられながら、健人は呼びかける。
「これ、また突き飛ばされるパターンだよな〜。」
健人は、覚悟を固める。
健人が詩音を見つめていると、詩音の目がゆっくりと開く。
「キャーー!!」
ドスッ。
「でしょうねー!」
健人は、床に仰向けに倒れながら叫ぶ。
「な、何!?どういう状況?」
「起こしにきたら・・・って!お前!」
健人は、詩音から目を反らした。
「な、何よ?」
詩音は、不思議そうに自分の体を見た。
「キャーーー!!!」
服を着ていない事に気付いた詩音は、慌てて布団を被った。
「何、何、何、何!あなた本当に寝込みを襲ったの!?」
布団を被ったまま詩音は叫ぶ。
「ち、違うわ!襲われたのは俺だよ!
いきなり抱きつかれて、突き飛ばされて、強姦扱いとかひどすぎないか?」
健人は、文句を言いながらも、急いで部屋から出た。
ガチャ。
「あの〜。健人さ〜ん。」
全てを悟った様子の詩音は、申し訳なさ気に、荷物を片付ける健人に呼びかけた。
「なんだよ。」
「そ、その。私ね、寝てる時に服脱ぐ事が良くありまして〜。」
「ありまして?」
「ごめんなさい。」
「分かればいい。」
健人は、振り向くと、微笑む。
「と、ところでなんだけど、見た?」
「・・・。」
「あーーー!!お嫁にいけないよー!」
「まぁ、なんだ。お嫁は諦めて、病院行くか?」
健人は、ごまかす様に言う。
「うん・・・まぁ、見られたものは仕方ない!お見舞い行こー!」
詩音は忘れようとしているのか、明るく叫んだ。
二人は、杏子の入院する病院へと向かった。




