2.初出勤と幽霊。
チュンチュン。
小鳥の声と、カーテンから差し込む光に、健人は目を開いた。
「幽霊、あれから現れなかったな〜。」
「う、うーーーん。」
健人は小さく呟くと、お上がり、伸びをする。
「よし、今日は家事代行、初出勤だ!」
やる気満々で準備を済ませ、健人はバイト先に向かった。
「おはようございます!
芦田 健人です!
今日からよろしくお願いします!」
健人は、元気良く挨拶する。
「芦田くん、今日からよろしく。」
店長は、健人に近づくと、背中を優しく押し、他の従業員の前に立たせる。
「芦田 健人くんだ。
今日からアルバイトで来てくれる事になった。訳ありみたいで、シフトバリバリ入れるそうだから、みんな色々教えてやってくれー。」
「はぁーい。」
従業員達は、健人に興味津々の様だ。
「安藤さん、とりあえず、芦田くんの教育係を頼むよ。」
「分かりました。」
50代くらいの落ち着いた感じの、優しそうな人だな。
健人は、心の中でそんな事を思いながら、頭を下げた。
「芦田 健人です!よろしくお願いします!」
「安藤 杏子です。よろしくね。」
杏子は、優しく答えた。
「早速だけど、これから中々大変なお家に行くわよ!助かるわ〜。一人だと大変なのよ〜。」
「よろしくお願いします!」
健人は、やる気満々に答えると、杏子の荷造りを手伝い、初めての現場へ向かった。
ピンポーン。
杏子は、エントランスホールのインターホンを鳴らす。
「はぁ〜ぃ。あっ!杏子さん!今開けますね。」
声からすると、部屋の主は、若い女の様だ。
ウィーン。
エントランスの自動ドアが開いた。
「さっ、いきましょ。」
杏子は、健人に声をかけ、エレベーターへと向かう。
「健人くん、お客さんを見たら驚くわよ〜。」
「えっ?何でですか?」
「まぁ、見てのお楽しみよ〜。」
杏子は悪戯に笑う。
「は、はぁ。」
健人は、良く分からないと思いながら、杏子の後ろを歩いた。
ピンポーン。
ガチャ。
杏子が部屋のインターホンを押すと、家主がドアを開けた。
「杏子さ〜ん!待ってたー!」
家主は、ドアを開けるなり、杏子に抱きついた。
「はぃはぃ。また散らかしたのかしら?」
「ごめんなさい。えっ?!」
杏子に抱きついたまま、健人に気付いた家主は、驚いた表情をする。
「杏子さん、この人は?」
「ごめんね。私、この子の教育係になっちゃって、今日は一緒にさせて欲しいの。」
「えーーー!杏子さんだからお願いしてるのにーー!こんな若い、しかもちょっとイケメンに、この散状を見られたくないよー!」
家主は、杏子にダダを捏ねている。
「普段からもう少し頑張らないとね〜。」
杏子はニヤニヤとして、家主を引き離す様に両肩に手を当てた。
「健人くん、この子見た事あるでしょ?」
杏子に言われ、健人は家主に近づくと、顔をまじまじとみる。
「ちょ!ちょっと!近いわよ!」
家主は少し照れている。
「あっ、すいません。寝ぼけてたから定かでは無いが、昨日の幽霊?」
・・・待てよ?何で杏子さんが幽霊の事知ってんだ?
「えっ?私、幽霊の役なんかした事ないけど?」
家主は不思議そうに、考え込む。
「あれ?もしかして、健人くん知らない?」
杏子は、驚いた顔で健人を見た。
「私は、スーパーアイドル、中條 詩音よ!」
「は、はぁ。」
健人は、幽霊の事が頭から離れない。
・・・幽霊だよな?
昨日の。
絶対そうだ。
健人は、まじまじと詩音の顔を見る。
「な、何?!スーパーアイドルに見惚れたのかしら?」
詩音は、ニヤニヤと健人を見つめる。
「い、いゃ。何でもないです。」
健人は、杏子が幽霊の事を言っていなかった事を理解しながらも、幽霊という事以外は、詩音に興味がわかなかった。
「さっ、そろそろお仕事させてもらうわね〜。」
杏子は、詩音を押しのける様に、玄関に入る。
「まぁ〜。今回はまた一段と〜。」
「ま、マジか!」
杏子の後ろから、部屋の中を見た健人は、驚きの声を上げた。
「だ、だから嫌でったのよー!」
詩音は、落胆した様に、杏子と健人の後ろに立ち、玄関のドアを閉めた。
詩音の部屋は、玄関から続く廊下に、服が脱ぎ散らかされ、ゴミも置かれている。
足の踏み場が無い。
リビングと廊下を区切るドアは、明け放たれ、散乱した服やゴミで、閉める事は不可能だ。
「さぁ!健人くん!とりあえず、足の踏み場作らないとねー!
ゴミはこの袋に入れて、服はこのカゴ。
洗濯もしないとだし、オシャレ着と肌着なんかは別々に分けて入れてね〜。」
「は、はい!」
健人は、やる気満々で、廊下を片付けて行く。
詩音は、気不味そうに、玄関で立ちつくしている。
健人は、一生懸命片付けていく。
「あっ。何でこんな所に?」
健人は、散乱した洋服の中から出てきた、パンツを手に取り、顔を少し赤くする。
「ギャーーー!!!」
それを見た詩音は、健人に駆け寄り、パンツを奪い取った。
「最低!変態!」
顔を赤くした詩音は、健人を罵倒する。
「ご、ごめん。でも、仕事だし。
他意はない!」
健人は堂々とした表情で宣言した。
「他意が無くても嫌ー!」
詩音は、パンツを抱きしめ、健人に背中を向ける。
「詩音ちゃん、これから健人くんが来る事もあると思うから、これからは、下着くらいは自分で洗濯しないとね〜。」
杏子は意地悪く笑う。
「無理ー!杏子さん以外はいやー!」
詩音は、子供の様にゴネる。
「教育係になっちゃったから、しばらくは健人くんと来る事になるわ。
ごめんね。」
「無理!男の人とか危険すぎる!
私、スーパーアイドルだよ!」
「だって、詩音ちゃんには興味無さそうよ?」
杏子は、黙々と働く健人を、笑いながら指さした。
「なんかムカつくー!私が目の前にいるのに!」
詩音は、健人を睨む。
「えっ?何か?何で俺、睨まれてんの?」
健人は、作業に集中していて、杏子と詩音の話を聞いて無かった様だ。
「ねっ。」
杏子は詩音に微笑む。
「はぁ〜。ちゃんとしてくれるなら我慢する〜。」
詩音は、ため息混じりに、少し不満気に答えた。
「あー。初仕事、疲れました。」
健人は、杏子と帰り道を歩きながら、呟く様に言う。
「まぁ、詩音ちゃんの所は特別だから。」
杏子は、苦笑いしながら答えた。
「そうなんですね〜。それにしても、スーパーアイドルって、部屋があんな事になるくらい忙しいんですね〜。」
健人は、詩音の部屋を思い出して、ブルッと震えた。
「まぁ、詩音ちゃんが片付けが苦手なのもあると思うけど。
あの子も訳ありみたいで、仕事だけを必死に頑張ってきてようやく自立できたみたいだし、応援してあげないとって思ってるの。」
杏子は、詩音の顔を思い浮かべながら、心配そうにする。
「そうなんですね。じゃあ、俺も応援します!」
「ふふっ。詩音ちゃん、喜ぶわ。でも、健人くんが、詩音ちゃんの事を知らないのは驚いたわ〜。」
「あぁ、うち、テレビ置いてないし、ネット見てる暇あれば、勉強してたんで。」
「まぁ!生きてて楽しいのそれ?」
杏子は驚いている。
「酷い言われようですね。
楽しいか・・・考えた事無かったですね〜。将来、官僚になりたくて。
それだけを目指してきましたから。」
「そ、そう。
・・・聞いていいかしら?
そんな健人くんが、何でバイトを?」
「・・・ついこないだ、父さんの会社が倒産して。学費も家賃も払えないから、帰って来いって言われたんですよ。
でも、諦められなくて。
だから、家賃安いとこに引っ越して、バイト始めて。
計算上は、卒業までは何とかなるはずなんで、意地でも頑張ろうと。」
「あら〜。大変ね。私に助けられる事があれば言ってね!」
杏子は、健人の手を両手でにぎった。
「ありがとうございます!」
杏子の優しさに、健人の目は少し潤んだ。
夕暮れの中、二人は会社までの帰路を、色々な話をしながら進んだ。




