13.憂鬱な時間。
「おはようございます。」
健人は、力の無い声と共に、会社のドアを開ける。
「け、健人くん!大変だ!」
「どうしました?」
健人は虚ろな目で店長を見る。
「あ、いや、大変・・・なんだが、
まず、健人くんは大丈夫なのか?」
目の下にくまを作り、明らかに覇気のない健人を、店長は心配そうに見つめる。
「あ、はい。」
健人は、俯くと、店長の大変な話題とやらを聞くことも忘れ、現場に向かう準備を始める。
店長は、心配しながらも、健人の後ろをついて回る。
「健人くん、体調の悪そうな所、申し訳ないんだが、昨日、詩音ちゃんの様子はどうだった?」
「何でですか?」
健人は、虚ろな目で店長を見る。
「いや、詩音ちゃん、無断欠勤してるみたいで、自宅のインターホンを鳴らしても留守なのか応答も無いみたいで、マネージャーさんが困って聞いてきたんだよ。」
「そうですか。家にいるんじゃないですか?」
健人は、詩音の事が心配ではあったが、自分の事で精一杯だった。
ヨレヨレの体を無理やり動かし、健人は現場へと向かった。
お客さんに心配されながらも、何とか作業を終え、会社に戻った。
「お疲れ様です。」
健人が会社に入ると、店長と杏子が話ている。
「あっ、いいとこに。」
杏子は、健人に手招きする。
「杏子さん、何ですか?」
「・・・ハァ。あなた達、絶対何かあったわね。」
健人の様子を見て、杏子は確信した様だ。
「詩音ちゃん、連絡取れないみたいで、この後家にいってみようと思うんだけど?」
「杏子さん・・・行ってやって下さい。
俺、疲れたので失礼します。」
健人は、道具を片付けると、ヨレヨレとしながら、会社を出た。
「健人くん!待って!」
ゆっくりと歩く健人を、杏子が追いかけて来た。
「杏子さん。どうしたんですか?」
「健人くん、そこのベンチで少し話しましょう?」
杏子は、公園のベンチを指さした。
「別に構いませんが。」
健人は、俯きながら、杏子の後ろを歩き、ベンチに座った。
「健人くん、詩音ちゃんからは、健人くんの家に詩音ちゃんが行った日までの事は聞いてる。
・・・昨日、何かあったのよね?」
「ありました。もう、ダメなんだと思います。」
「詳しく聞かせてくれない?」
杏子は、健人に詰め寄る。
「あぁ、まぁ。昨日・・・」
健人は、昨日の出来事を杏子に話した。
「俺、詩音のちゃらんぽらんな振る舞いにムカついてしまって・・・泣いてる詩音を突き放して・・・もうきっと、詩音も愛想つかしたと思います。」
「そう。確かに、詩音ちゃんのそれは良く無いわね。自分の気持ちだけを押し付けて来られたら、私も我慢できないと思うわ。」
「・・・俺に恋愛経験があれば、許せたかもしれない。
でも、俺にとって詩音は初恋なんです。
だから、許せなかった。
・・・許したかった。」
健人は、静かに俯く。
膝の辺りを涙が濡らす。
「そっか。そうだよね。
健人くん、しばらく考えるべきだよ。
まだ結論を出すのは早い。
落ち着いたら、考えなさい。
年長者からのおせっかいなアドバイスよ。」
「ありがとうございます。」
「さっ、そろそろ詩音ちゃんの所にも行ってみるわね。
早く行かないと、店長から催促の電話がありそうだし。」
杏子は立ち上がり、公園を出ようと歩き出す。
「杏子さん!ありがとうございます。」
健人は深々と頭を下げた。
「がんばれー!」
杏子は、笑顔で手を振った。
ピンポーン。
その後、杏子は詩音のマンションを訪れ、エントランスのインターホンを押した。
ウィーン。
応答無く、自動ドアが開く。
「ふふ。やっぱりいたみたいね。」
杏子が詩音の部屋のドアの前に立つと、鍵が空く音がする。
「入るわね〜。」
静けさが包む廊下を杏子はゆっくりと進み、リビングのドアを開けた。
杏子は辺りを見回すが、詩音の姿は無い。
「詩音ちゃん?」
「杏子さん。」
力無く声がして、杏子が足元を見ると、ドア横に設置されたインターホンのモニターの下に、詩音は小さくうずくまり座っていた。
「まぁ。」
杏子は少し驚いた。
「そんな所にうずくまってないで、ソファーにすわりましょ?」
杏子が手を差し出すと、詩音は手を取り、力無くたちあがった。
「お茶入れるわ。さっ、ソファーに座りなさい。」
「うん。」
詩音は言われるがままに、ソファーに座る。
キッチンに立つ杏子は、詩音を心配そうに見つめながらも、手際良く温かいお茶を用意した。
コトン。
テーブルにカップが2つ置かれる。
詩音は無言で、カップからたつ湯気を見ている。
「詩音ちゃん、大丈夫?」
「・・・大丈夫・・・じゃないかな?
初めて、お仕事を無断やすんじゃったよ。」
詩音は、膝を抱えて俯く。
「健人くんとさっき話したわ。」
「えっ!?健人くんは!健人くんは何て?」
詩音は狂った様に、杏子に詰め寄る。
「分かった、分かった、落ち着いて!」
「ごめん。」
杏子がなだめると、詩音はまた俯く。
「健人くんもね、言葉が足りないから、私も彼の気持ちをちゃんとくみ取れた自信はないんだけどね、詩音ちゃんは、健人くんにとって、初恋なんだって。
初めて好きになった人の中に、自分以外の男の人がいる。それは純粋な健人くんには耐えられないんだと思う。そんな状態の詩音ちゃんに言い寄られた事が、許すことができなかったんだと思う。
まだ、大丈夫。
私はそう思う。」
「・・・ありがとう、杏子さん。」
「まぁ、今のままじゃダメ。
これから、詩音ちゃんがするべきは、けいくん?に会って、健人くんの事だけ見れるって言い切れる様にするか、何かの行動で、けいくんじゃなくて、健人くんだって示す。
どちらかじゃないかな。
まぁ、けいくんを選ぶパターンもあるかもだけど。」
「・・・そうだね。単純な話なんだね。
ふさぎこんでても、何も変わらない。
・・・私、考えてみる!」
詩音の目に光が戻った。
「がんばれー!」
杏子は、詩音を抱きしめた。
「うぅ。ありがとう杏子さん。
杏子さんも忙しいのに、私なんかの為に。」
「詩音ちゃんは特別なのよ。
子供のいない私にとって、詩音ちゃんは娘みたいに思ってるのよ?
健人くんも同じ。
二人には幸せになって笑ってて欲しいわ〜。」
「杏子さん。私、頑張って考えるね。」
「頑張って!さぁ、そろそろ帰ろうかしらね。」
「うん。ありがとう。」
詩音は、杏子を玄関まで見送ると、リビングにもどり、スマホを手にとる。
「もしもし。今日は本当にごめんなさい。明日からはちゃんとお仕事行きます。」
詩音は、マネージャーにお詫びの連絡を入れる、
あ〜良かった〜。
寿命が縮まったわよ!
今日は、体調不良で誤魔化したから、明日からは頼むわよ?
「はい、ごめんなさい。
・・・理由は聞かないんだね。」
大体分かるわよ!
熱愛報道は勘弁してね?
「うん。その事なんですけど、少し考えて、また相談させて欲しいです。」
・・・嫌な予感しかしないわ。
まぁ、とりあえず、明日からまたよろしくね!
「はい。よろしくお願いします。」
プープー。
「ハァ。私の気持ち。どうしたいんだろう。」
詩音は、ソファーに座ると、物思いにふけった。




