12.嫉妬と戸惑い。
「ただいま〜。なのか?」
健人は、両親の新居に上がる。
「へ〜、思ってたより広いな。」
健人は、奥へ続く廊下の両側に、部屋が2部屋と、お風呂やトイレがあるんだろうと、想像する。
「健人、身長伸びたんじゃない?」
母は久しぶりに健人に会えて、嬉しそうにしている。
「そうかな?さすがにもう伸びないと思うけど。」
健人は、気丈に振る舞うが、元気は無い。
「まぁ、いいわ。疲れたでしょー!
ご飯できてるから食べましょ?」
健人が空いた部屋に荷物を置き、手を洗ってリビングに入ると、父はダイニングテーブルで一杯始めていた。
「健人、おかえり。」
父はほろ酔いのようだが、健人を見て嬉しそうに笑う。
「ただいま。」
両親を向かいに、健人も座った。
「大丈夫か?」
父は心配そうにしている。
「何が?」
「失恋だよ。まさか健人が恋をする日がくるとはなー。」
「父さん、酔ってるだろ?」
普段恋バナなんてしなさそうな父がグイグイくるものだから、健人は警戒している。
「あはははっ!呑まないとやってられんわー!この年でまた一から出直ししないといけないんだ。ヒクッ。」
「大変だよな。父さんこそ大丈夫か?」
「あはははっ!大丈夫だ!父さんの話はいい。健人の話が聞きたい!」
「あぁ、まぁ。失恋以外、特に話す事無いし。」
「まぁ、健人も呑め!」
「いや、酒は脳に悪いから。」
「かぁー!相変わらずだな。」
健人の父は残念そうに俯く。
「所でだ!」
父は、蘇った様に再び顔を上げる。
「父さんも、母さんに何度もフラれたんだ!」
「ちょっと、お父さん、それは内緒でしょ〜?」
「いいじゃないか!健人には頑張ってほしいんだ!」
「・・・そうね。」
母は、仕方無さそうに引きがかる。
「母さんには、心に決めた人がいたんだけどな、ヒクッ。」
「うん。それで?」
健人は興味をそそられた様だ。
「まぁ、なんだ。細かい事を省けば、父さんの粘り勝ちだ!
でもまぁ、付き合ってからも不安はあった。母さんがいなくならないかって。」
「ははっ。でもこうして結婚してるんだな。なんか・・・いいな。」
健人は羨ましそうに、二人を見る。
「そうだ。お父さんは諦めなかった。
フラれても、フラれても。
健人がどんな状況なのかは知らんが、まだ頑張れる状況なら、頑張ってみたらどうだ?」
「・・・父さん。
ありがとう!俺、明日帰るよ!」
健人の死んだ魚の様な目に、少し光が差した。
「え〜、ゆっくりしていきなさいよ〜。」
母は不満気だ。
「母さん、健人は今、成長してるんだ。
見守ってやろう!」
「・・・そうね〜。」
母も、健人を頑張れと言わんばかりに見つめる。
健人が実家へ帰った日。
詩音は、遠方ロケから帰宅後、
昼からは休みだった。
「健人くんにどんな顔して会えばいいのー!」
詩音は、部屋の中をグルグルと歩き回る。
ピンポーン。
インターホンの音にビクつきながらも、詩音は画面を見た。
「あれ?杏子さん?」
「ごめんね詩音ちゃん。」
詩音のマンションのエントランスに、杏子が立っていた。
杏子は、詩音の部屋へと上がる。
「久しぶりね。」
「杏子さん!腕治ったんだね!」
詩音は嬉しそうにするが、どこか暗い雰囲気をまとっている。
「お陰様でね。」
杏子は微笑む。
「所で・・・健人くんは?やっぱりもう来てくれないんだね。」
詩音は俯いた。
「えっ?やっぱり?何?どういう事?」
何も知らない雰囲気の杏子は、興味津々な様子で詩音に詰め寄る。
「あっ、その色々あって。」
俯いたまま、詩音は答えた。
「・・・それは聞いていい話かしら?」
詩音は、相談相手には適任だと思い、杏子にこれまであったことを話した。
「そう。何だか大変な話ね。
詩音ちゃん大丈夫?
私で良ければ。」
杏子は両手を広げる。
詩音は素直に、杏子の胸に飛び込んだ。
「・・・落ち着く。
杏子さん。
私、どうしたらいいか分からない。
けいくんに会いたいって思うけど、健人くんにも会いたい。
健人くんの事、ふって後悔もしてるんだと思う・・・まぁ、正式に告白された訳じゃないんだけど。」
「そうね〜。健人くんは、実家に帰ってるだけだから、また来週には来てくれると思うわ。しばらく考えてみたら?
健人との時間も大切に過ごして。」
「杏子さん。ありがとう。
そうする。
健人くん、来てくれるといいな。」
杏子からは、詩音が少し明るくなった様に見えた。
「まぁ、アイドルだから、熱愛報道には気おつけてね。」
「うん。前ので凝りたよ。
警戒は怠らない。」
「さぁ!じゃぁ今日も頑張ろうかしら。」
「よろしくお願いします。
じゃぁ、私は少し眠らせてもらうね。」
「はいはい。しっかり休んでね〜。」
少し気持ちが軽くなった詩音は、寝室へと向かった。
それから、1週間程経った日。
健人は、詩音の部屋の玄関の前に立っていた。
・・・詩音。
なんでまだ俺の事を指名するんだろ?
あー!インターホンを押す勇気が出ない!
ガチャ。
健人がドアの前でモタモタしていると、ドアが開いた。
「な、何してんの?入りなよ。」
詩音は少し気不味そうに顔を出す。
「あ、うん。」
健人は、詩音から目を反らしてしまう。
玄関に入ると、健人は廊下を見て驚く。
「えっ?綺麗だ。」
「・・・その、頑張ったの。」
「そ、そう。」
「まぁ、洗濯物をカゴに入れたり、ちゃんとゴミを出したりしただけなんだけど。」
詩音は、長い髪を指でクルクルしながら、褒めて欲しそうにする。
「・・・ゴミを出せたのはえらいな。ただ。」
健人は、洗面所のドアを開ける。
「やっぱり。」
洗面所は、カゴに入り切らない服が散乱していた。
「だ、だってー!洗濯までは無理!」
「まぁ、成長だな!」
健人は、この日、始めて詩音の目を見て笑った。
「あ、ありがとう。」
詩音は嬉しそうにしている。
「後は、やっとくから、詩音は少し寝ろ。目の下、くまできてるぞ?」
「・・・どうしたら。」
「ん?なんて?」
「どうしたらいいのーー!!!」
詩音は突然叫ぶ。
「ど、どうしたんだよ?」
「私が悪いんだよ!でも、でも!
どうしていいか分からない!
寝れないんだよ!毎日!」
詩音は、涙を流しながら健人に訴える。
「・・・俺だって。
俺だって同じだ!」
健人も叫んだ。
「フラれたのに、また呼ばれて、俺はどんなふうに振る舞えばいい?
詩音が何を考えてるか分からん!」
健人は思ってる事を叫んだ。
「・・・私も。私も分からないんだよー!」
詩音は、健人の胸におでこを当て、握った手で健人の胸元を叩く。
「何だよそれ。」
健人はこらえきれずに、詩音を抱きしめた。
「また、突き放すか?俺は・・・突き放されても、突き放されても、何度でもこうしたい。」
「・・・。」
詩音は、健人の腕の中で固まっている。
「ハァ。俺のせいで眠れないなら、寝るまでベッドの横にいてやるから。
少し寝ろ。」
「キャッ。」
健人は、詩音をお姫様抱っこすると、ベッドに運び、寝かせた。
「ありがとう。」
詩音は、健人の手を握り、目を閉じた。
「なぁ、けいくんとやらは見つかったのか?」
「・・・見つけるどころか、探す暇もない。」
「そっか。見つかったら・・・どうしたいんだ?」
「分からない。でも、会いたいって思う。でもね、先週杏子さんが来て、健人くんに会えなかったら、けいくんと同じだけ、健人くんにも会いたかった。」
「この浮気者。」
「・・・私、最低だね。
あの人の娘なんだなって思う。」
「違うだろ?・・・違うよ。」
健人は、目を閉じた詩音の頭を優しく撫でた。
少しすると、詩音は寝息をたて始めた。
「まったく。」
健人は、頭を抱えながらも、立ち上がると、作業に取りかかった。
詩音が頑張って片付けていた事もあり、いつもより早く作業が終わったが、せっかく眠れた詩音を起こすかどうか、健人が迷っていた。
「どうしようか。起こすのも可哀想だし。」
健人が独り言を言っていると、
寝室のドアが開く。
「詩音、起きたのか。」
健人は、心配そうに詩音を見る。
「うん。やっぱり目が覚めちゃった。」
「そっか。まだ時間あるし、隣りにいてやろうか?」
「健人くん。また一緒に寝てほしい。」
「・・・詩音、それは無理だ。」
健人は俯いた。
「・・・お願い。
私、けいくんの事はちゃんと忘れるから!」
詩音は、健人に駆け寄り、手をにぎる。
健人は、詩音の手を払い除けた。
「詩音、頭冷やせ。
来週からは杏子さんに来てもらう。」
健人は、背中を向けたまま、冷たく言い放ち、荷物を取ると、玄関へ向かった。
「嫌ー!待って!」
玄関で靴を履くきドアに手をかけた健人に、詩音は後ろから抱きついた。
「行かないでー!!お願いー!!」
詩音は力いっぱい健人を抱きしめた。
健人は、詩音の手に触れ、引きはがす。
「なぁ、詩音。逆の立場なら、詩音は俺と寝てくれるのか?」
「・・・。」
詩音は、何も言わずに、膝から崩れた。
ガチャ。
バタン。
ドアの閉まる音と共に、詩音の目からは
涙が溢れ出す。
「いゃぁーーー!!!一人にしないでよーー!!健人ー!ごめんなさーい!!」
詩音は、しばらく玄関でうずくまり、泣き続けた。
涙も枯れてしまったと思うほど泣いたあと、詩音はフラフラと、ベッドにたどり着いた。
バタン。
ベッドに倒れる様に横になると、詩音は泣き疲れて眠った。




