11.蘇った記憶と、後悔。
「グスン。グスン。」
健人は、何やら泣いている様な声が聞こえた気がして、目を覚ました。
辺りを見回すと、カーテンをあけた窓の前に、詩音が立っている。
「おはよ。」
「グスン。おはよ。」
健人が立ち上がり、詩音を見ると、詩音の頬には繰り返し、涙がつたっている。
「詩音、どうしたんだ?」
健人は驚いて、問いかける。
「健人くん。私。グスン。思い出した。全部思い出したよ〜。」
詩音は、涙を隠す様に、両手で顔を隠した。
健人は、どうしていいか分からず、詩音を抱きしめようとする。
「ダメ!」
詩音は、健人を両手で突き放した。
「あっ、いや、ごめん。」
気不味そうに、詩音が謝る。
「いや、俺もごめん。」
健人は不安そうに謝った。
「・・・私ね。」
「うん。」
「ここに住んでた。」
「えっ?ここに?」
健人は、腕を組み、考えている。
「・・・殺人事件。」
「うん・・・私、お父さんが大好きだった。あの人は、私もお父さんも放ったらかして、遊び回る様な人で、ほとんど家にいなかったの。
だからいつもお父さんと二人きりだった。お父さんは、あんな人でも私のお母さんだからって、何度も話し合おうとしてたけど、あの人は聞く耳を持たなかった。」
「ひどい話しだな。」
健人は、詩音を心配そうに見つめる。
「うん。それでね、お父さんもついに愛想を尽かして、離婚を切り出したの。
今なら何となく分かる。
あの人、多分だけど浮気相手に結婚を迫ったのか何かだと思うんだけど、結局、浮気相手に捨てられたんだろうね。
数日後、やり直したいってお父さんに訴えてた。
そんなやり取りを小学生だった私は、そこでうずくまって聞いてた。」
詩音は、部屋の角を指さした。
「・・・。」
健人は、言葉が出なかった。
さっき、拒否されてなければ、抱き寄せただろうが、健人は、黙って聞いている。
「そんなやり取りが長い時間続いて、あの人は、狂いだして叫ぶと、キッチンに向かった。その後、包丁を手に取ってお父さんに襲いかかった。
・・・私は何度もやめてーって叫んだけど、目の前で、何度も、何度も。
ゔ、ゔぇーーん!!」
詩音の顔は涙でくちゃくちゃになっている。
「もっ、もういい!分かった!」
健人は、叫んだ。
「ダメ!健人くんにはちゃんと話さないといけない。」
詩音は涙をふき、健人を真っ直ぐに見つめる。
「それからね、あの人は刑務所に、私は施設に引き取られた。
あんな光景、忘れていたかった。
でも、ちゃんと思い出せて良かった。」
「う、うん。」
健人は、目の前で涙を流す詩音を抱きしめたいと思った。
「こ、こいよ。」
健人は、両手を広げる。
「・・・私、健人くんの事が好きになってた。
・・・でもね、ダメなの。
私、記憶と一緒に、心に決めた人の事を思い出した。
思い出さなければ、健人くんと・・・。」
「そ、そうか。」
健人は広げた両手を下げ、初めての失恋に、涙があふれそうになるのを堪える。
「その、心に決めた人って?」
健人は聞きたかった。
聞きたくないが、聞きたかった。
「うん。」
詩音は、健人に背を向けると、窓の外のビルを指さした。
「あのビル。あそこでお父さんは働いてた。お父さんにここで抱っこされて、あのビルでお父さんはお仕事してるんだ〜って、教えてくれた。
お父さんの同僚の人がね、隣りの部屋に住んでたの。
その人は、単身赴任だったんだと思う。
たまに、奥さんと、子供が遊びに来てた。
お父さんとその人は仲が良くて、私は、その人の子供とたまに遊んだんだ。
少し年が上のお兄ちゃんでさ、顔も思い出せないけど。覚えてるのは、けいくんって呼んで後を追いかけてた事くらい。」
「・・・そのけいくんが?」
「そう。幼心なりに、初恋だったんだと思う。
事件の時、叫び声を聞いて、隣りにいた同僚のおじさんが管理人さんと駆け込んできて。
その後は、しばらくおじさんの所にいたんだ。
ひとりぼっちになって落ち込む私をけいくんが慰めてくれて・・・言ったんだ。
俺が家族になってやるって。」
「ははっ。勝てないな。」
健人は俯いた。
「思い出したのはこれで全部。
・・・健人くん、ごめんなさい。
思わせぶりな事を沢山した。
私、最低だ。」
詩音は俯く。
健人は、黙って洗面所に向かい、詩音の服を取ると、リビングの詩音に手渡した。
「詩音、気にするな。」
健人は、無理に笑顔を作り、窓の前に立つと、外を見た。
「楽しかったよ。」
「うん。私も。」
詩音は、背を向けた健人に頭を下げ、洗面所で着替えを済ませた。
「健人くん。」
ソファーに座り放心状態の健人に詩音は呼びかける。
「ありがとう。今日は帰るね。」
「うん。バイバイ。」
健人は、詩音の方を向くと、力無く手を振った。
「うん。」
詩音も手を振り玄関に向かった。
バタン。
玄関のドアが閉まる音が聞こえると、健人の頬には、涙が伝い始めた。
どれだけ泣いたのだろうか。
窓からは、夕日の光が差し込む。
「あぁ。詩音。
・・・何回もチャンスをくれた。
仕事の事とか、詩音の事とか、全部関係無く、この気持ちを押し通していたら、違ったんだろうか?
・・・今更だよな。
失恋か。まさか俺が恋して、失恋して、こんなに悲しい気持ちになるなんてな。」
健人は、独り言を呟く。
ブー、ブー、ブー。
「詩音?」
健人は、期待してスマホを手に取る。
「何だ、母さんか。」
「もしもし。」
あっ、健人?
お父さんとお母さん、引っ越したわ!
前の家は売って、小さいアパートからやり直す事にした!
お父さんも新しい仕事決まったし、お母さんもパートで働く事にした!
ようやく何とかなりそうよ〜!
母は、大変だろうに、元気そうだ。
「そう。ごめんな。大変な時に帰れなくて。」
いいのよ〜!健人もバイト始めて大変なんでしょ?
落ち着いたら、多少の仕送りくらいわできるから!
「ありがとう。助かるよ。」
健人は力無く答える。
何?健人あなた、まさか失恋でもした?
「あはは。何で分かるんだ?」
まぁ!健人が恋したなんてー!
母は嬉しそうだ。
健人、来週辺り、新居に遊びに来なさいよ!
久しぶりに健人に会いたいし、失恋の傷はお母さんが癒してあ、げ、る。
「はいはい。そうだな。久しぶりに帰ろうかな。」
あら、素直じゃない。
じゃぁ来る日決まったら連絡してね〜!
プープー。
「はぁ、いいタイミングだな。
母さん・・・どっかで見てんのかな。」
健人は、落ち込む気持ちを奮い立たせる様に、机に向かった。




