10.幸せ。
ピンポーン。
「誰だろ?」
いつもの様に、勉強をしていた健人は、来客の予定が無いはずと思いながらインターホンを見た。
エントランスには、詩音が変装して立っている。
「あれ?明日じゃ?」
健人がインターホン越しに言うと、詩音は画面の向こうで、人差し指を口の前に立てている。
健人は、黙って自動ドアを開けた。
健人が詩音を誘った日から数週間、明日、詩音は久しぶりの1日丸々の休みをもぎ取った。
「詩音が来るのは明日のはずだったが・・・嫌な予感しかしない。」
ピンポーン。
健人が独り言を呟くと、詩音がインターホンを鳴らす。
ガチャ。
「とりあえず、入って。」
健人は、周りを気にしながら、玄関のドアを閉めた。
ガチャ。カチッ。
「まぁ、鍵閉めて、何かいやらしい事考えてるのかしら〜?」
詩音は、マスク越しにニヤけながら、健人を見つめる。
「ば、バカ!普通閉めるだろ!」
「あはははっ!健人くんは、からかい甲斐がある〜。」
詩音は楽しそうに笑う。
「おじゃましま〜す。」
詩音は、靴を脱ぐと、恐る恐る、部屋の奥へ進む。
「えっ?広くない?」
詩音は、驚きながら部屋を見回す。
「まぁ、訳あり物件だからな。」
「・・・・。」
楽しそうだった詩音が俯いて突然黙ったので、健人は詩音の顔を覗き込んだ。
詩音は、胸の辺りを押さえて、苦しそうにしている。
「し、詩音?どうした?大丈夫か?」
驚いた健人は、詩音の両肩に手を置いて、心配そうに覗き込む。
「・・・大丈夫。何だろ?この部屋を見た途端に、胸の辺りが・・・何だか、苦しくて、温かくて、色んな感情が流れ込んできたみたいな。」
「・・・やっぱり、この部屋と詩音には何か関係がある気がする。」
「そうなのかな?」
「電話では話せなかったけど、生きた人の幽霊が現れるのは、強い思いがある場所らしい。詩音は、この部屋に何か強い思いがあるんだと思うんだけど、何か思い出さないか?」
「う〜ん。ダメだ。」
「そっか。」
「ごめん。せっかく私の為に考えてくれたのに。」
「いや、いいよ・・・それよりだ。」
「何?」
詩音は、感情が落ち着いた様で、健人に笑顔で問いかける。
・・・か、可愛い。
健人は、詩音の笑顔に流されそうになる。
「来るのは明日の朝じゃなかった?」
「早く来たすぎて、予定変更した。
何か問題でも?」
「そ、そう。まぁ、こんな時間に追い返す訳にもいかないし。」
健人は、渋々受け入れる事にした。
「じゃぁ、晩御飯作ってよ〜!」
「はぁ〜!」
「嫌?私、お腹空いた。」
「分かりました。」
健人は、満更でも無さそうに、キッチンに向かおうとする詩音は、健人の手を握った。
「あと、お風呂入る。
仕事終わってそのまま来たから、着替え持ってきてなくて、貸して?」
「・・・分かった。」
健人は、わがまま放題の詩音に少しイタズラしてやろうと、ニヤリとする。
詩音は、健人の不敵な笑みを見逃した様だ。
「着替えとタオル用意しといてやるから、入ってきなよ。もうすぐ入るつもりだったから、お湯はためてある。」
「ありがとうー!
・・・一緒に入る?」
「入らねーよ!」
「あら、千載一遇のチャンスを逃したわよ?後悔しなさ〜い!」
詩音は、ニヤニヤしながら洗面所に入っていった。
「フッフッフ。これくらいの報復は、許されるよな?彼シャツと言うやつだ。」
健人は、嬉しそうに、長袖の白いカッターシャツ1枚だけをクローゼットから取り出した。
トントントン。
「詩音?入るぞ?」
返事が無い。
詩音は風呂に入った様だ。
ガチャ。
健人が洗面所に入ると、詩音の服や下着が床に脱ぎ散らかされている。
「まったく。」
健人は、カッターシャツとタオルを台の上に置くと、いつものクセで、詩音の服と下着を拾い、洗濯を始めた。
「まぁ、明日には乾くだろ。
お〜ぃ、詩音?」
「はい?」
スリガラス越しに、少しボヤケて見える詩音は、恥ずかしそうに健人に背中を向けて答える。
「服とタオル、台の上に置いとくから。」
「う、うん。ありがとう。」
健人は、ニヤニヤしながら洗面所を後にした。
それから、詩音が風呂に入っている間に、さっとパスタを作る。
「ふぅ。我ながら上手いな。」
健人は、味見すると小さく呟いた。
「なんだよー!健人ー!」
洗面所から、詩音が叫んでいる。
ニヤニヤしながら、健人は洗面所のドアの前に立つ。
「どうかしたか?」
白々しく、健人はドアの向こうの詩音に問いかける。
「こんなの無理!しかも、私の服洗濯してるし!下着無しで、このシャツとか!全部透けてるし!」
「彼シャツってやつだ。」
「いや!知らんし!」
「丁度、パスタできたぞ?」
ガチャ。
諦めたのか、空腹からか、詩音は洗面所のドアを開ける。
「後悔するなよ?」
詩音は不満気に健人を睨みながら、洗面所から出てきた。
「こ、これは!」
健人は思わず目を反らした。
「・・・念願の彼シャツはどうですか?」
詩音は!恥ずかしそうに目を反らしながら、問いかける。
「い、いや。ちょっと想定外だ。」
詩音は、スタイルが良く、胸も大きい上に、背が高いため、健人の想像していたダボダボ感は無く、あからさまに透けた胸元に、ギリギリ隠れる下半身。
健人は、見てはいけないと、自分をせめた。
「わ、悪い。思ってたのと違う!
すぐに違う服を!」
健人が、寝室に服を取りに行こうとすると、詩音が健人の手を掴んだ。
「えっ?」
健人は、詩音の方を振り向かないまま、停止する。
「わがままな私に、報復のつもりだったのかしら?私、今日はこのカッコで寝るから。」
挑戦的な視線を健人は感じる。
健人は知っている。
詩音は、こうと決めたら聞かない事を。
「ぐっ。仕方ない。パスタ、冷めるから食べろよ。」
「うん。」
健人は、掴まれた手を、掴み返して、ダイニングテーブルのイスに詩音を座らせた。
「イス冷たーい。」
木製のイスに座ると、詩音は不満気に言う。
「何か着るか?出すぞ?」
わらをもすがるように、健人は詩音に訴えかけた。
「いい。」
詩音は意地をはる。
黙って食べ始めるのかと思えば、詩音はニヤリとする。
健人はそんな詩音の顔を見て、ブルッと震えた。
「いや、ブルッと震えないでよ!」
「何か不敵な笑みがこぼれたような気がしまして。」
「ふふっ。ここに座って。」
詩音は、立ち上がり、自分の座っていたイスを指さす。
「ん?」
「ん?じゃなくて。」
詩音は、健人の手を引き、イスに座らせると、健人の膝の上に座った。
健人の薄い部屋着を通り過ぎて、詩音の温もりが伝わる。
「温かい、これで大丈夫だ!」
詩音は、満足気に食事を再会する。
「あの〜。ちょっとこれはつらいのだが?」
「やられたら、やり返さないとね〜。
食事が終わるまでは耐えなさ〜い。」
詩音は楽しそうだ。
健人は、詩音の食事が終わる頃、廃人の様になっていた。
「廃人健人くんもお風呂入ってきたら?
それとも、私の入ったお湯は、ペットボトルに保管して、飲料水にする?」
「そう言う趣味は・・・無い事も無いかも。」
「いや、冗談だし。バカ。」
詩音は少しひいている。
「最近、やり返しされる様になってきたな〜。なんかドキドキさせられて癪に障る。」
不満気に詩音は健人を見る。
「やられたらやり返さないとな〜。」
「む〜。」
あはははっ!
二人は、一緒に過ごせる事が幸せで仕方なかった。
健人が風呂から出ると、詩音はソファーに座り、台本の様なものを読んでいた。
「ドラマの台本?」
健人は詩音の隣りに座る。
「あっ、お風呂出たんだ。集中し過ぎて気づかなかったよ。」
詩音は、台本を閉じて、ニヤニヤしながら健人を見る。
「何でございましょ?」
「寝よ。」
満面の笑みで詩音は言う。
「うん。詩音はベッドで寝てくれたらいいよ。俺はソファーで寝るから。」
「分かってるよね?私の言いたい事。」
詩音は、そう言うと立ち上がり、健人の手を掴んだ。
「だ、ダメだぞ!無理だ!」
「嫌!」
詩音は健人の手を引く。
「ハァ。だって俺、眠れないし。」
「・・・眠れる様にしてあげてもいいよ?」
「・・・ダメだ。前に詩音の家でマネージャーさんに言われたんだ。
今は大事な時だから、くれぐれも頼むって。」
「・・・じゃあ我慢して。
一緒に寝たいのーー!!!」
「駄々っ子かよ。
・・・分かった。」
「ふふ〜ん。じゃあ、ベッドいこっ。」
少し恥ずかしそうに、詩音は健人の手を引いた。
二人はベッドに横になり、目を閉じた。
バサッ。
詩音は、健人に抱きつく。
「お、おぃ!流石に寝れん!」
「頑張れ〜。私、疲れたから寝るね。」
「ハァ。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
詩音は数分後には、幸せそうな顔で寝息をたてた。




