1.絶望と意地と初体験。
ブーブー!
「何してんだ!どけよ!」
車のクラクションと、運転席から顔を出し、叫ぶ男の声に俺はハッと我に帰った。
「す、すいません!」
「いいから早くどけ!」
俺は、駆け足で横断歩道を渡り切った。
そして、また、スマホの画面を見て立ち尽くし、空を見上げた。
俺の名前は、芦田 健人。
自分で言うのもなんだが、某有名大学に通う、エリートコースを約束された秀才。
・・・のはずだった。
産まれた家は、裕福で、幼い頃から勉強一筋で今日まで生きてきた。
もう少し。
もう少し頑張れば、官僚と言う、将来を約束された地位に手が届くだろう。
何も疑わず、俺は、学業に邁進していた。
ついさっきまでは。
健人は、また目をこすり、スマホに目を戻す。
画面には、
健人!お父さんの会社、倒産しちゃった!
とりあえず、家賃も学費ももう払えないから、学校辞めて帰ってきて!
忙しいから、また連絡します。
と、書かれている。
着信も何度も入っていた。
「授業に集中してる間に、こんな事件が・・・俺の人生、どうなる?」
健人は、スマホを持ったまま、肩を落とし、トボトボと歩き始めた。
ウィーン。
テレテレテレ〜。
「いらっしゃいませ〜。」
健人は、吸い込まれる様に、コンビニに入る。
来店を知らせる音さえ耳障りだ。
やる気なさ気に、前髪を気にしながらレジに立つ店員さえも癪に障る。
「あぁ、俺の将来を見ている様だ。」
健人はポツリと呟く。
足は、ATMに向かっていた。
「残高・・・50万ちょっとか。」
健人は、親からの仕送りを節約して貯めていた。
「全然足りない。」
落ち込んだ表情で視線を落とすと、ATMの横に置かれた、求人情報誌が目に入った。
「まてよ?」
健人の頭脳はフル回転した。
「この50万で数カ月しのぎながら、家賃の安いとこに引っ越して、バイトを・・・ブツブツ、ブツブツ、ブツブツ。」
「あ、あの〜?」
「はい!?」
健人は、突然声をかけられ、驚いて振り返った。
「ATM、使いたいのですが?」
「す、すいません!」
健人は、キャッシュカードと求人情報誌を手に取ると、足速にコンビニを出た。
「よしっ。」
健人は、決意に満ちた表情で、不動産屋に足を運んだ。
「いらっしゃいませー!」
不動産屋の受付嬢が笑顔で迎える。
「あ、あの。部屋を探しに。」
「どんな部屋でもお任せください!」
受付嬢は、笑顔で健人を誘導し、椅子に座らせた。
「ご来店ありがとうございます!」
担当者だろうか?元気のいい中年男性が、向かいに座る。
「あ、どうも。」
「お部屋をお探しとの事ですが、どの様なお部屋をご希望ですか?」
「風呂とトイレ別で、1番家賃の安い部屋を。」
・・・外せない。
風呂トイレ別だけは。
そんな事を考えながら、健人は、切実な目線を送る。
「でしたら・・・」
カチカチ。
担当の男性は、パソコンで何やら検索している。
「こちらはいかがでしょうか?
窓を開けると墓地ですが、日当たり良好!」
「家賃7万か・・・敷金礼金もなかなか。」
引っ越し代も合わせると、1ヶ月で貯金が無くなる。
そんな事を思いながら、健人は不満気に顔を伏せる。
「これ以上家賃の低い物件となりますと・・・。」
「えっ?!あるんですか?」
健人は、すがるように詰め寄る。
「ま、まぁ。」
カチカチ。
「こちらなんですが・・・。築15年ですが、リフォームされており、綺麗ではありますが・・・。」
「えっ?こんな綺麗マンションが3万円?!しかも敷金礼金無し?しかも2LDK?!」
健人は目を輝かせている。
「は、はい。ただ。」
気不味そうに担当の男性は目を背けた。
「ただ?」
「ただですね、こちらは事故物件でして。借りてが付かず、借りてが付いてもすぐに出ていくので、オーナー様も困っていらっしゃって。破格の家賃ではありますが・・・。」
「事故物件?」
「はい・・・この部屋で殺人事件が。
しかも!出るそうで。」
「・・・殺人・・・事件・・・ですか。
出る・・・って、幽霊ですか?」
健人は信じられない様子でニヤニヤ笑うと、考え込む様に俯いた。
「ブツブツ、ブツブツ、ブツブツ、ブツブツ。」
色々な事が脳裏を回り、健人はブツブツが止まらない。
「あ、あの〜?」
担当の男性は、恐る恐る声をかけた。
「この部屋!借りたいです!」
健人は、決意に満ちた表情で叫び、立ち上がる。
周りの客が健人に注目している。
「あ、す、すいません。」
照れた表情で健人は座った。
「よろしいので?」
「はい!」
健人は、成人を迎えていたが、保証人の印鑑が必要だった事もあり、借り契約を済ませて家に帰った。
「よし、母さんに電話して、この部屋解約して、引っ越しの準備だ!」
健人は、追い込まれていた事もあり、迅速に動いた。
時間はあっと言う間にすぎ、窓の外は真暗だ。
「う〜ん。」
荷物の整理も終わり、健人は求人情報誌と睨みあっている。
「う〜ん。やっぱり、1番時給のいいバイトにするべきだよな。」
健人は、時給の高い、家事代行の仕事に注目している。
「家事代行・・・男でも大丈夫かな?
明日、電話してみよう。」
健人は、日課の勉強に手が付かず、そのまま眠りについた。
次の日から健人は、授業と両立しながら、バイトを決め、早々に引っ越しを済ませた。
「疲れた。」
未開封のダンボールだらけの新居で、健人はボーっとしてる。
部屋の真ん中に置いた小さなソファーに横たわると、疲れのせいか、眠りについた。
やめて・・・。
何時間経ったか、健人は微睡みの中、微かに女の子の声が聞こえた気がしたが、気にせず眠ろうとする。
やめて。
「う、う〜ん。」
健人は、少し声が大きくなった気がして、意識がハッキリとしてきた。
・・・体が。
ま、まさか!金縛りってやつか?
健人は、意識があるのに体が動かない事に気付いた。
やめてー!
女の子の声は、ついに大音量になる。
わぁー!やめてくれ!
声にならない声をあげ、健人は恐怖しながらも目を開いた。
「えっ?」
健人の体に馬乗りになるように、女の子が乗っている。
年は、同じくらいか、少し下だろうか。
「こ、声は幼いのに、以外と大きい女の子だな。」
健人は、自分の上に乗る女の子のあまりの美しさに、恐怖を忘れた。
「幽霊・・・なのか?か、可愛い。」
健人は、心の中で呟いたつもりが、つい口から出てしまった。
「は、はぁ!?何言って!そもそも怖がれよ!」
女の子の幽霊は、顔を少し赤くしてスネた表情だ。
「えっ?幽霊と話してるのか、俺?」
恐怖を忘れ、健人はきょとんとしている。
「む〜。」
女の子の幽霊は、不満気に健人を見つめている。
健人は、構わずに体を起こし、女の子の幽霊に抱きついてみた。
「キャー!」
女の子の幽霊は、驚いた表情で叫ぶ。
「やっぱり、すり抜けるんだな。」
健人は、残念そうに肩を落とす。
女の子の幽霊は、ソファーの横に素早く移動する。
「す、すり抜けたから良いものの、は、犯罪だぞ!」
顔を赤くしながら、女の子の幽霊は怒っている。
「いや、そもそも、こんな真夜中に人の家に侵入してる方が犯罪だぞ?」
「な、なんだ?反抗的な!また金縛りにかけてやろうか!」
女の子の幽霊は、怒っている。
「別にいいんだけど、できるのはそれだけか?!他にも何かできるのか?!」
健人は、幽霊と言う存在に興味津々の様子で詰め寄る。
・・・こ、こいつ。ヤバい奴だ。
「きょ、今日の所はこれくらいで許してやる!」
女の子の幽霊は、そう言い放つと、消えてしまった。
「なんだよ。なぁ!出てこいよー!」
健人は、しばらく部屋の中を歩き回り、呼びかけたが、その日、女の子の幽霊は出てこなかった。
「あ〜ぁ。明日は来てくれるかな?」
期待に胸を膨らませながらも、仕方なく健人は再び眠りについた。




