沈黙と条件
「異世界人」という単語に凍りつく俺を余所に、バルトロメウスは意外にも穏やかな溜息をついた。
「そう身構えるな。貴様がこの世界の理の外側にいることは、先ほどの魔道具が証明している。過去にも異世界から来たという者に会ったことがあるが、彼らもまた、この世界の常識を塗り替える特異な力を持っていた」
彼は椅子の背もたれに深く体を預け、言葉を続けた。
「このギルドで身分証を作る以上、真実は私にだけ明かしてもらう必要がある。だが安心しろ。私は商人の長だ。情報の価値も、守秘の重要性も、そこらの役人よりは弁えているつもりだ」
俺は少し迷ったが、逃げ隠れしても始まらないと覚悟を決めた。
自分が元の世界ではパン職人だったこと。そして、この世界で目覚めた三つのスキル―『魂の成形』『神速の発酵』『聖域の焼成』―によって、食べた者に異常なバフを与えるパンが焼けることを正直に話した。
「……パンを食うだけで、能力が底上げされるだと?」
バルトロメウスはモノクルの奥の目を細めた。流石に信じがたいといった表情だ。
「口で言っても信じられないですよね。……あ、そうだ。スノウ、まだ持ってる?」
「うん! ケンタが一番最初に作った丸パン、一個だけおやつに残してたんだ!」
スノウがリュックから、丁寧に包まれた「至高の丸パン」を取り出した。少し時間は経っているが、それでもスキルの加護を受けたそのパンは、今さっき焼き上がったかのような瑞々しい香りを放っている。
「……これを、食べてみてください」
差し出されたパンを、バルトロメウスは恐る恐る口に運んだ。一口、二口と咀嚼するうちに、彼の顔色が劇的に変わる。
「……なん……だ、これは。身体が熱い。古傷の痛みが消え、視界が若かりし頃のように開けていく……。それに、この味……パンという概念が崩壊するほどに旨い……!」
彼は食べ終えた後、自分の震える手を見つめて立ち尽くした。バフの効果を肌身で実感したのだ。
しばらくして、彼は真剣な眼差しで俺に向き直った。
「ケンタ、と言ったか。……君に、商業者ギルドマスターとして、いや、この街を守る一人として、頼みがある」
彼は深く頭を下げた。
「このパンを、冒険者ギルドへ定期的に納品してはくれないか?」
その言葉には切実な響きがあった。
「最近、近隣の魔物の活動が活発化しており、冒険者の負傷や死亡率が以前の数倍にまで膨れ上がっているのだ。冒険者ギルドからは戦力の底上げを、我が商業者ギルドからは物資の支援を、と連日会議を重ねてきたが……このパンがあれば、すべてが変わる」
「冒険者ギルドへの納品……ですか」
俺は少しの間、考え込んだ。
俺は静かに自分が求める至高のパンを焼いていたいだけだ。だが、材料を仕入れるには金もコネもいる。それに、この街の人々が魔物に怯えているというのなら、俺のパンがその助けになるというのも……。
俺はスノウを見た。彼女は「ケンタのパンならみんな助かるよ!」と期待に満ちた目で俺を見ている。
「……分かりました。ただし、いくつか条件があります」




