ギルドと危機
王都グラノリスの喧騒の中、俺たちは立ち並ぶ巨大な施設を見上げていた。
「ねえケンタ、やっぱり冒険者ギルドに行こうよ! ケンタのパンを食べた私なら、どんな強い魔物も倒せるし、そっちの方がランクもすぐ上がるよ!」
スノウは拳を振り回して意気込んでいるが、俺は首を振った。
「いや、俺はあくまでパン職人だ。材料を安定して仕入れたいなら、商人の繋がりが深い『商業者ギルド』に行くのが筋だろう」
渋るスノウを宥めながら、俺たちは青い看板が掲げられた商業者ギルドの門を叩いた。内部は石造りの重厚な造りで、大勢の商人が行き交っている。俺は空いている窓口へ向かった。
「いらっしゃいませ。商業者ギルドへようこそ。私は受付のエマと申します。本日はどのようなご用件でしょうか?」
若く真面目そうな受付嬢、エマが丁寧な微笑みで迎えてくれた。俺は身分証の発行をお願いしたいと伝えた。
「はい、承知いたしました。では、こちらの魔道具に手を置いていただけますか? お名前と、お持ちのスキルの系統を自動で読み取ります」
提示されたのは、水晶の嵌まった銀のプレートだった。俺が緊張しながら手を置くと、プレートが淡く光り始める。だが、数秒後――。
――キィィィィィィィン!!
鼓膜を刺すような鋭い警告音がギルド内に鳴り響いた。水晶の中に赤黒いノイズが走り、プレートが激しく振動し始める。
「えっ……ええっ!?」
エマが椅子から転げ落ちそうになるほど狼狽した。プレートには見たこともない文字で【ERROR:FATAL ANALYZE FAILURE】という文字が激しく明滅している。
「な、なんだ!? 何が起きた!」
「今の音は魔道具のパンクか!?」
騒ぎを聞きつけた商戦中の商人や、警備の兵たちが一斉に俺たちの窓口へ押し寄せ、辺りは騒然となった。
「おい、あいつが手を触れた途端に魔道具がイカれたぞ! 呪いか? それとも禁忌の魔術か!?」
周囲の野次馬がざわめき、不穏な空気が流れる。スノウが鋭い目で俺を守るように身構える。
「あ、あの……申し訳ありません! すぐに、すぐに上の方に確認しますので!」
顔を真っ白にしたエマが、震える手でプレートを抱え、奥の重厚な扉へと走り去った。
数分後、静まり返ったギルド内に、コツ、コツ、と重厚な足音が響いた。現れたのは、モノクルをかけた鋭い眼光の老人だった。
「騒がしいな。全員、持ち場に戻れ。……エマ、その者たちを私の執務室へ」
彼の威厳ある一言で、野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。
案内された執務室は、壁一面に古い書物が並ぶ静謐な空間だった。老人は深く椅子に背を預け、じろりと俺の顔を覗き込んだ。
「私はバルトロメウス・フォン・グランツ。この王都グラノリスにおける商業者ギルドのマスターを務めている」
エマが退出したのを確認し、扉が閉まると同時に、バルトロメウスはモノクルの位置を直した。
「さて、小僧。……あの魔法道具が読み取れぬ理由は二つ。一つは、測定限界を超えた神の如き権能を持っている場合。そしてもう一つは……」
バルトロメウスは机を指で叩き、逃げ場のない鋭い視線を俺に突き刺した。
「この世界の『理』に最初から記述されていない異物である場合だ。……かつて、我がギルドにも一人いたのだ。貴様と同じように、魔道具を壊した『異世界の知識』を持つ者がな。……小僧、単刀直入に聞く。貴様、『異世界人』だな?」
心臓が跳ねた。
街に入ってわずか数十分。パンを焼くことさえできないまま、俺の正体はこの街の有力者に完全に見抜かれてしまった。




