肉汁に溺れる氷狼と先を視る職人
厨房に戻った俺は、静かに精神を研ぎ澄ませた。
作業台の上には、残された最後の小麦粉。そしてスノウが仕留めたアイアンバイソンの霜降り肉と、瓶に詰めたその鮮血がある。
「これも最高の形に仕上げるぞ」
まずは土台となるバンズ作りだ。
ボウルに粉をあけ、酵母とわずかな砂糖、塩、そしてぬるま湯を加える。指先で円を描くように混ぜ、粉が水分を吸ってまとまり始めた瞬間、俺は『魂の成型』を全神経に集中させた。
「バンズは、パティの強烈な肉汁をすべて受け止めるための『器』だ。密度を上げすぎれば口溶けが悪くなり、低すぎれば肉の重みに負けて崩れる……。グルテンの網目構造を、ミクロの単位で均一に整えるんだ」
俺の両手の中で、生地が生き物のように脈動する。通常なら数十分叩きつけて鍛える工程を、スキルによる精密な成型で、数秒のうちにシルクのような滑らかさへと変貌させた。
さらに『神速の発酵』。生地の温度を理想的な38度に保ち、炭酸ガスの気泡を「細かく、かつ等間隔に」配置する。これが焼き上がりの「ふわモチ」感の決め手だ。
『聖域の焼成』によって、窯の中で一気に膨らんだバンズは、表面は薄く張りがあり、内部は雲のように軽い、黄金の王冠のごとき輝きを放っていた。
「次は、パティだ」
アイアンバイソンの肉を、包丁で粗めのミンチにする。機械を使わずあえて手切りにすることで、肉の繊維を潰さず、噛んだ時の反発力を残す。
ここで【ワンポイント】。ひき肉を練る際、氷水で冷やしたボウルを使い、手の熱が伝わらないよう素早く作業する。脂を溶かさず「粒」の状態で残すことで、焼いた瞬間にその脂が溶け出し、生地の中に無数の「肉汁の通り道」を作るのだ。
そして、味の決め手となるソースに取り掛かる。
「アイアンバイソンの血……魔力の塊だな」
小鍋で血を熱し、凝固を防ぎながら丁寧にアクを取る。そこへ、森で見つけた野生のハーブと魔力を含んだ果実の絞り汁を加える。血の鉄分が熱によって深いコクへと昇華し、赤ワインを煮詰めたような艶やかな深紅の「ブラッド・グレービーソース」が完成した。
鉄板で肉厚のパティを焼き上げ、表面にカリッとした「メイラード反応」の香ばしさを付けた瞬間、バンズで一気に挟み込む。
「できたぞ。……『至高のハンバーガー』だ」
身を乗り出していたスノウに差し出すと、彼女は大きく口を開け、夢中でかぶりついた。
――ズシュッ。
肉汁が飛沫となって弾ける音が、厨房に響く。
「……っ!? ……ふ、ふんがぁぁ……!」
スノウの両目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「なにこれ……! お肉が、お口の中で爆発してる! バンズがすごく優しくて、でもソースが肉の旨味を何倍にも引き立てて……こんなの、食べたことないよぉ!」
その瞬間、システム音が頭を叩いた。
【条件達成:『至高のハンバーガー』を摂取しました】
【固有スキルが派生:『聖域の守護』を習得】
【効果:摂取者の物理・魔法防御力を飛躍的に上昇させ、状態異常を完全に無効化します】
スノウの周囲に、力強い白銀の幾何学模様が浮かび上がり、鉄壁の膜を形成した。
クロワッサンの「攻撃と速度」に対し、このハンバーガーは「不倒の守り」の力を与える。
「あはは! ケンタ、見て! 身体がダイヤモンドみたいに硬くなった気がする! これなら、どんな悪い魔獣に噛まれても痛くないよ!」
驚きを通り越して、俺は空っぽになった小麦粉の袋を裏返した。一粒の粉も、もう出てこない。
「……よし。スノウ、材料も少なくなってきたことだし、そろそろ出かけるか」
「え、どこかいくの?」
そうスノウがケントに言った。
「街へ行こう。そこで最高の材料を揃え、至高のパンを作り上げるんだ。」
前世にはない材料で今まで作ったことのない至高のパンを求めて街に繰り出そうとしている。
「街! うん、ケンタが行くなら、どこまでもついていくよ! 美味しいもの、いっぱい見つけようね!」
俺は愛用の綿棒を腰につけ、旅の支度を整えた。
一粒の粉も残っていない厨房を背に、俺とスノウは、まだ見ぬ最強のパンを焼くために森の外へと歩み出した。




