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驕りと終わり

ルナリアが去った後の工房に、夕暮れの赤い陽光が差し込んでいた。スノウはまだ彼女が消えた茂みをじっと見つめていたが、やがて思い出したように俺の方を振り返った。

「ねえ、ケンタ。今のルナリアって人……あの子のこと、気になる?」

「……どうかな。でも、彼女が抱えていた魔力の枯渇は尋常じゃなかった。放っておけば命に関わるレベルだったんだ。パン職人として、あんなに美味しそうに食べてくれた客が倒れるのを見過ごすわけにはいかないからな」

 俺がそう答えると、スノウは少し納得したように頷き、今度は目を輝かせて詰め寄ってきた。

「それより! さっき『新しいスキル』がどうのって言ってたよね! どんな感じなの? 私のことも、今までよりずっと詳しくわかるようになったの?」

 俺は一呼吸置き、新スキル『万物真実の食覚ウィズダム・ビジョン』を意識的に発動させた。視界の端に、まるで最高級のクリスタルを透かしたような銀色の幾何学模様が浮かび上がる。

「……すごいな。スノウ、君の体内の魔力の流れが、血管のように可視化されてる。今はメロンパンのバフが胃のあたりで黄金色に輝いていて、それがゆっくりと四肢に溶け込んでいるのが見えるよ。君がどれだけ健康で、どれだけ強大な力を秘めているか……数値として網膜に焼き付くようだ」

「ええっ、恥ずかしい! お腹の中まで見えてるの?」

「いや、透視とは違うんだ。もっと本質的な……その個体が持つ『素材としての完成度』や『状態の善し悪し』がわかる感覚だな。これがあれば、パンを焼くときも、どの瞬間に火から下ろすべきか、コンマ一秒の狂いもなく把握できる。……この『眼』があれば、パンが持つ力の限界も、より正確に見極められるはずだ」

 スノウとそんな会話を交わし、スキルの感触を確かめていた、その時だった。

「ケ、ケンタ様! スノウ様! 大変です!」

 静かな管理区に、場違いな悲鳴が響き渡った。息を切らし、今にも転びそうな勢いで走ってきたのは、冒険者ギルドの受付主任、クラリスだった。

「クラリスさん? どうしたんですか、そんなに慌てて」

「ギルドマスター……ガッレナ様からの緊急要請です! 王都近郊の街道で、冒険者が魔物に襲われています……!」

「食パンはどうしたんですか? 在庫は十分にあったはずですが」

「それが……食パンを食べたにも関わらず、苦戦しているようでして! 派遣されたのはCランクの冒険者ですが、あのパンの効果があれば大丈夫だと判断し、独断でBランクの任務に就かせてしまったようなのです!」

 俺の脳内に、冷ややかな怒りが静かに満ちていく。懸念していたことが、最悪の形で起きてしまった。

「他の冒険者はどうしているんですか?」

「Bランク以上の冒険者は現在別のクエストに出ており、マスターも別の街へ……! 今はケンタ様とスノウ様が頼りなのです!」

「お断りします。」

 氷のような声が、俺の口から漏れた。クラリスが息を呑み、絶句する。

「な、なんでですか! 今まではギルドのために、あんなに協力してくださったじゃないですか!」

「自業自得ですね。自分の力を過信した冒険者も、パンの効果を神格化しすぎたギルドも。……俺のパンは、無謀な博打を助けるための道具じゃない。自分たちで招いた結果なら、自分たちで責任を取るべきだ」

「そんな……見殺しにするというのですか!?」

 クラリスは泣きそうになりながら懇願するが、俺は一切、視線を逸らさなかった。

「そもそも最初に言ったはずですよ。このパンの管理はギルドマスターが行うと。いくら混乱しているとはいえ、これは明らかな契約違反だ。ガッレナさんも、バルトロメウスさんも、信頼していたのに残念です。……これから両ギルマスのところへ、正式に話をつけに行きます。スノウはどうする?」

 問いかけに、スノウは意外なほどあっさりとした表情で答えた。

「うーん、ケンタの言う通り自業自得だしね。自然界でも、自分の命の責任は自分で取るもの。私たちには関係ないよ。私はこれからもケンタについていくだけ。ケンタだけだと、放っておいたらすぐ死んじゃいそうだしね!」

 いつもの明るい口調だが、その瞳には魔狼としての冷徹な真理が宿っていた。

 俺は、彼女をそばに置いていた理由を、改めて自分の中で確信した。彼女もまた、俺と同じ「世界の厳しさ」を知っている。

「……行きましょう、クラリスさん。助けに行くためではなく、この関係を終わらせるために」

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