山型と梱包
―さて、準備はいいか。ここからは時間との勝負だ」
俺が腕まくりをすると、スノウが身を乗り出して尋ねてきた。
「ねえケンタ、何を作るの? やっぱり、さっきの丸パン?」
「いや、今回は趣向を変える。作るものは決まっている。――『食パン』だ」
俺の言葉に、スノウ、クラリス、そしてエマの三人が、一斉に頭の上にハテナマークを浮かべて首を傾げた。
「食パン……? 王都の文献にもない名ですね。それは保存に特化したものですか?」
賢そうなクラリスでも知らないようだ。
「ああ、驚くのも無理はない。この世界には硬めのパンやさっきの丸パンはあるが柔らかい食パンのようなものはない。それに本来なら冒険者全員分を俺一人で用意するのは不可能だ。だが食パンなら一斤で多くの人数に配れるし、何より、俺のスキルを掛け合わせれば最短で『最強の糧』に仕上がる」
俺は市場で仕入れた最高級の粉を台に広げた。
「見てろ。まずは『魂の成型』。粉と水、酵母の比率を指先の感覚だけで調律する。食パンのコツは、生地の『伸び』だ。グルテンの膜を薄く、かつ強靭に張り巡らせることで、焼き上がりの口溶けが劇的に変わる」
さらに俺は、生地を分割して丸め直す際、ある工夫を加えた。
「ここでワンポイントだ。生地を型に入れる前、あえて一度ガスを抜ききらず、優しく『三つ折り』にしてから巻き込む。こうすることで、焼き上がった時に縦の繊維が強調され、絹のようなしなやかな引きが生まれるんだ。これが、バフの効果を全身に行き渡らせる『血管』になる」
本来なら重労働な捏ねの作業も、スキルの加護があれば一瞬だ。生地が赤ちゃんの肌のように滑らかになったところで、次のスキルを起動する。
「『神速の発酵』!」
パンパンに膨らんでいく生地。通常なら数時間かかる発酵が、目にも留まらぬ速さで完了する。俺はそれを手際よく型に詰め、準備の整った石窯へと放り込んだ。
「仕上げだ。『聖域の焼成』。熱を均一に、だが芯まで一気に通す!」
石窯から、これまでこの管理区では決して漂ったことのない、甘く香ばしい、暴力的なまでに食欲をそそる香りが溢れ出した。やがて焼き上がったのは、黄金色の山型に膨らんだ、見るからに柔らかそうな巨大な食パンだった。俺は焼き立てを贅沢に厚切りにし、三人に差し出した。
「さあ、試食だ。熱いうちに食ってくれ」
三人が一斉に口に運ぶ。その瞬間、彼女たちの脳内に「通知」が響き渡った。
【至高の食パン(厚切り)を摂取しました】
【付与能力:全感覚の超鋭敏化、筋力の大幅増幅(大)】
【効果時間:24時間】
そこにはいつもの通知とは別に「効果時間」が表示されるようになっていた。
しかし今はそこに追求する時間はなく後回しだ。
「ふあぁぁ……! ふわふわだよケンタ! 雲を食べてるみたい!」
スノウの全身から身体強化のオーラが噴き出す。
「こ、これは……事務仕事で霞んでいた視界が、恐ろしいほどクリアに……! まるで世界が止まっているようです!」
三人がその効果に驚愕する中、エマがキリッとした表情で前に出た。
「ケンタ様、次は私の番ですね。……『箱庭の聖封』!」
エマが手をかざすと、魔法の光が食パンを包み込み、一瞬にして一斤ずつ、美しい紋章の入った特殊な包装へと収まっていった。それは単なる包みではない。内部の時間が凍結されたかのように、焼き立ての熱と香りが完全に閉じ込められている。
「えっ、エマ……! 今のスキル、なんだ!? まるで袋の中の時間が止まっているようだ……」
「ふふっ、商業者ギルドの受付嬢は伊達ではありませんよ? 輸送中に品質を落とさないための、私だけの秘技です!」
驚いた。この世界には、裏方としてプロフェッショナルな能力を持つ奴らがまだいたんだな。
「クラリス、スノウ、エマ。行こう。まずはギルドマスターに見せに行こうか。」
俺たちは大量の「至高の食パン」を抱え、両ギルドに向かう。




