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一人の受付嬢

バルトロメウスとガッレナという二人の巨頭から後ろ盾を得た俺は、受付主任のクラリスと共にギルドを出た。

「……ガッレナ様がそこまで仰るのなら、案内いたしましょう。ですが、私はまだ理解に苦しみます。あなたのような方をこれほど優遇し、管理区の全権を預けるなど。今の現場に必要なのは実戦的な物資であって、非効率な支援ではありません」

 クラリスは事務的な口調を崩さず、背筋をピンと伸ばして歩き出した。彼女にとって、この件は「現場を知らない上層部による、的外れなテコ入れ」にしか見えていないようだった。

「商業者ギルドのマスターからは、まず『王都大中央市場』へ向かうよう言われているんです。そこが一番広く、最高の品が集まるとか」

「ええ、あそこならあらゆる物資が揃います。……ここから歩いて二十分ほどかかりますので、遅れないようについてきてください」

 道中、石畳の広い通りを歩きながら、俺たちは少しずつ言葉を交わした。

「クラリスさんは、ずっとあのギルドで働いているんですか?」

「ええ。事務方としてこの街を支えたいと考えています。ですから、根拠のない希望や、無駄な予算の使い方には厳しいつもりです。……正直に言えば、あなたに割く時間は、負傷者の物資管理に回すべきだと考えています」

 冷たい意見が俺の胸を突き刺す。しかし彼女はそれほどこの街や人々のことを思っているのだと感じた。

 やがて、巨大な石造りの門の先に、見渡す限りの屋根と熱気が渦巻くエリアが現れた。王都の心臓部、『王都大中央市場』だ。

「……ここが、大市場か」

 一歩踏み込んだ瞬間、俺の視界は色鮮やかな食材で埋め尽くされた。山積みにされた黄金色の穀物。見たこともないほど巨大な果実。香油やスパイスが混じり合った独特の香気が鼻をくすぐる。

「おい、スノウ! 見ろよ、あの粒の立ち方……! それに、あっちにある酵母、魔力含有量が異常だ! このスパイスと合わせれば、中でどんな反応が起きるか……!」

 さっきまで落ち着いて交渉していた俺はどこへやら、俺は子供のように目を輝かせ、次から次へと露店へ駆け寄った。

 俺は『魂の成型ソウル・モデリング』の感覚を指先に研ぎ澄ませ、一つ一つの素材に触れ、その品質を極限まで見極めていく。

「ふふっ。ケンタ、そんなに嬉しいの? さっきまで大人ぶってたのに、今はただの子供みたい」

 スノウがクスクスと笑いながら俺の袖を引く。いつもは冷静な俺が、素材を前にして我を忘れている姿がよほど珍しかったらしい。

「当たり前だろ! こんなに素晴らしい物が揃っているんだ。これを使えば、今まで見たこともないようなものが作れる……!」

 俺はガッレナから渡されたギルドの予算と、バルトロメウスの推薦状を使い、納得した最高級の原料を次々と買い揃えた。クラリスは、俺のその異常なまでの目利きと、迷いのない買いっぷりを、呆れを含んだ目で見つめていた。

「……買い忘れはありませんか? 荷物はギルドの運搬車で後ほど届けさせます。次は……西区の『兵糧管理区』ですね。ガッレナ様が仰っていた通り、あそこは今、非常に荒廃していますが」

 「クラリスさん。これを食べてください。俺が作った物です。」

 俺は大切に包んでおいた最後の一切れ、「至高の丸パン」を取り出した。

 スノウが驚いて俺の顔を覗き込む。

「ケンタ、いいの? あの二人のマスターみたいに、秘密を話しちゃって……」

「ああ。彼女のあの真っ直ぐな姿勢なら、信頼できる。隠し事をしたままじゃ、いい仕事はできないからな」

 俺の言葉に、スノウは「ケンタがそう言うなら、私も信じる!」と力強く頷いた。俺は困惑するクラリスに、その一切れを差し出した。

「これは俺がスキルで作った物で食べた人に何らかのバフを与える物なんです。」

「……? 何を馬鹿な……」

 クラリスは鼻で笑おうとしたが、目の前のパンから漂う、理性を揺さぶるような芳醇な香りに言葉を失った。彼女は吸い寄せられるように、その一切れを口に運んだ。

 瞬間、クラリスの眼鏡の奥の瞳が、驚愕に見開かれた。

「な……っ!? 何ですか、これは?」

 彼女の全身から、微かに黄金色のオーラが立ち上る。事務仕事で凝り固まっていた身体が劇的に軽くなり、魔力が活性化していく。

「これが、俺のパンの能力です。これを兵糧として配備すれば、戦況は変わるとギルドマスターは思っています。」

 クラリスは自分の震える手を見つめ、それから俺を、まるで伝説の魔法使いでも見るような目で見つめ直した。

「……失礼いたしました。私は、とんでもない無礼を。……ケンタ様、あなたがこれから向かう場所は、ただの管理区ではありません。あなたの『聖域』にふさわしい場所へと、私が責任を持って変えてみせます」

 彼女の冷徹だった瞳に、初めて情熱的な光が宿った。

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