『剣のギルド』
商業者ギルドを後にした俺たちは、剣の紋章が刻まれた無骨な石造りの建物――冒険者ギルドへと向かった。一歩足を踏み入れた瞬間、そこは商業者ギルドとは正反対の熱気に包まれていた。汗と鉄、そして安酒の匂い。壁一面に貼られた依頼書を、傷だらけの鎧を着た荒くれ者たちが睨みつけている。
俺はカウンターに向かい、そこに座る、眼鏡の奥で鋭い光を放つ受付嬢に声をかけた。髪をきっちり結び、制服を一点の乱れもなく着こなした彼女は、いかにも規律に厳しそうな女性だった。
「すみません。商業者ギルドのバルトロメウスさんからの紹介で来ました。ギルドマスターに会わせてもらいたいんですが、」
「私は受付主任のクラリスと申します。紹介状がない限り、マスターへの取次は一切お断りしておりますが、お持ちでしょうか?」
「ええ、これです。」
俺が封筒を取り出そうとした、その時だった。
「おいおい、見ろよ。こんなナヨナヨした優男が何の用だ? ここはママに甘える場所じゃねえんだぞ」
背後から、酒の臭いをプンプンさせた大男の冒険者が、俺の肩を強く突き飛ばした。
「……邪魔だ。どいてくれ。」
「あぁん? 生意気な口を……おい、そこの銀髪の嬢ちゃん、こんなヒョロガキじゃなくて俺が守って――」
大男の手がスノウの肩に触れようとした瞬間。
ドゴォォォン!!
激しい衝撃音がギルド内に響き渡った。
「……私のケンタに、触らないで!」
スノウの小さな拳が、大男の鳩尾に沈み込んでいた。巨体はくの字に折れ曲がり、数メートル後ろのテーブルまで吹っ飛んで、そのまま白目を剥いて動かなくなった。
「――喧嘩なら外でやれと言ったはずだ、馬鹿共が!」
二階の回廊から、地鳴りのような怒声が響いた。現れたのは、身の丈ほどもある大剣を背負い、岩のような筋肉を誇る屈強な女性。首筋から頬にかけて走る古い傷跡が、彼女の潜り抜けてきた修羅場の多さを物語っている。彼女は階段を一段飛ばしで降りてくると、俺の前に立ちふさがった。
「私がこの冒険者ギルドの長、ガッレナ・ヴォル・バルカスだ。……ふん、連れの嬢ちゃんはなかなかいい筋をしてるじゃないか。」
ガッレナは鋭い眼光で俺を射抜いた。
「で、そっちの坊や。バルトロメウスの紹介だって? あいつ、私に何の相談があるって言うんだ。」
俺は黙って、商業者ギルドから預かっていた封筒を差し出した。ガッレナはそれをひったくるように受け取り、中身を確認すると眉を寄せた。
「……チッ、話は部屋で聞く。ついてきな、坊や。――おい、クラリス! 散らかったゴミ(大男)を片付けとけ!」
個室へ入り、重厚な扉が閉められた。ガッレナは机に足を投げ出し、俺を品定めするように見つめた。
「単刀直入に言うぞ、坊や。今、うちのギルドは余裕がないんだ。魔物の質が変わってきてるせいで、前線じゃ負傷者が後を絶たん。回復魔法も薬も底を突きかけてる。……そんな時に、バルトロメウスは何を考えている? 紹介状には『この男が現状を打破する鍵だ』なんて書いてあるが、どう見ても貴様は戦える体つきじゃない」
彼女はため息をつきながら続けた。
「今の王都は食糧事情も最悪だ。西区にある『兵糧管理区』も、今じゃ質の悪い保存食の山。職人は逃げ出し、窯は冷え切り、配給されるのは石みたいに硬いパンだけだ。士気は下がる一方なんだよ。そんな状況で、貴様に何ができる?」
ガッレナの懸念はもっともだった。現場を預かるリーダーとして、絶望的な状況に異世界人が放り込まれても困惑するだけだろう。
「……打破できるかどうか、これで判断してください」
俺はリュックから、大切に包んでおいた「至高の丸パン」を差し出した。
「はあ? なんだ、賄賂のつもりか? 私にパンを食わせて――」
ガッレナは不審げに鼻を鳴らし、乱暴にパンを千切って口に放り込んだ。
その瞬間。彼女の鋭い瞳が、カッと見開かれた。
「……っ!? ……なんだ、これ……! 身体が、燃えるように熱い……!」
彼女の全身から、凄まじい闘気が陽炎のように立ち上る。連戦で蓄積していた疲労が霧散し、全神経がこれまでにないほど研ぎ澄まされていく。
「信じられん……味がどうこうじゃない。これは『力』そのものだ。……おい、坊や! このパンをうちの連中に食わせれば、死に損ない共も幾分マシになるかもしれん!」
ガッレナは椅子から立ち上がり、豪快に笑いながら俺の背中を叩いた。
「気に入った! 性に合わんナヨ男かと思ったが、貴様は最高の『職人』だ。……よし、話は決まりだ。さっき言った『兵糧管理区』を丸ごと貴様に預ける。死に体だったあの場所を、貴様の力で叩き起こしてみせろ。あそこなら誰にも邪魔されず、最高の設備が整ってる。最高のパンを、死ぬ気で焼きな!」
「……助かります、ガッレナさん」
「いい返事だ! さあ、善は急げだ。まずは市場へ行って最高級の粉を掻き集めてこい。支払いは全部うちに回せ! クラリス、この坊やに最高の素材を卸す店へ案内させろ!」




