異世界人からの条件
「冒険者ギルドへの納品……分かりました。協力しましょう。ただし、俺からも譲れない条件が三つあります。」
俺が真剣な面持ちで指を三本立てると、バルトロメウスは椅子の軋む音を立てて姿勢を正した。モノクルの奥にある鋭い眼光が、俺の覚悟を品定めするように射抜く。
「よかろう。異世界の英知を預かる身としての言葉だ、重く受け止めよう。言ってみろ」
「一つ目。このパンを、決して悪人には食べさせないこと」
俺の声が執務室に低く響く。
「俺のパンがもたらすバフは、使い方次第で最悪の兵器にもなり得る。私利私欲のために力を使う者や、罪なき民を苦しめる輩に渡れば、それは食い物ではなく毒と同じです。食べる者の選別は、商業者・冒険者、両ギルドマスターがその命に代えても責任を持って行ってください」
バルトロメウスは深く頷いた。
「……ふむ。力の重さを理解しているのだな。よかろう、約束する。我らギルドの威信にかけ、不適格な者の口に運ばれることは断じて許さぬ。」
「二つ目。俺がこのパンを作っているという事実を、決して広めないこと。」
俺はさらに言葉を重ねた。
「あくまでギルドが内密に仕入れた出所不明の希少品として扱ってください。俺はただのパン職人として、この街で静かに暮らしたい。騒ぎになれば、パン作りに集中できなくなりますから。俺の正体を知るのは、今ここにいるメンバーだけにしてください」
「慎み深いことだ。だが、極めて賢明な判断と言える。異世界人の存在を公にすれば、欲深い貴族や王族どもが放っておかんだろう。貴様の安寧は、我々が全力で隠蔽しよう。」
「そして三つ目。この王都に、俺が自由に製造・管理できる専用のエリアを確保すること」
俺はスノウの方を向き、彼女の小さな肩に手を置いた。
「誰の干渉も受けず、最高のパンを焼くための聖域が必要です。そこでのルールは俺が決めます。……以上の三つを完璧に守ってくれるなら、俺は持てるスキルのすべてを注ぎましょう」
バルトロメウスは満足げに、口角を吊り上げた。
「はっはっは! 実にいい。職人としての矜持、そして己を守る冷静さ。気に入ったぞ、小僧。王都最強の二大ギルドが、貴様の聖域と秘密を全力で守り抜こう。……これで、我らは対等な『共犯者』だな?」
彼は立ち上がり、重厚な執務机の引き出しから一枚の黄金の推薦状を取り出した。そこには商業者ギルドの紋章が深く刻まれている。
「さて、契約が成ったところで……ケンタ、貴様に一つアドバイスだ。身分証を受け取り、市場へ向かう前に、一度冒険者ギルドの門を叩いておけ」
「冒険者ギルドへ……俺が、ですか?」
俺が意外な提案に眉をひそめると、バルトロメウスは窓の外、ひときわ巨大な剣のエンブレムが掲げられた建物を指差した。
「ああ。さっきも言った通り、街の外の状況は芳しくない。冒険者ギルドのマスター、ガッレナは私の旧友だが、今は連日、前線から届く負傷者の報告に頭を抱えておる。……私がいくら口で説明したところで、あの頑固な武闘派が『パンで戦況が変わる』などと信じるとは思えん」
バルトロメウスは苦笑いしながら、推薦状を俺の手に握らせた。
「その推薦状を見せれば、あやつも話くらいは聞くだろう。実際にパンを食べさせるなり、その目で現場を見るなりして、あやつを納得させてやってくれ。それが、貴様の『聖域』をより盤石にする近道だ。」
「……なるほど。現場の人間が納得してないんじゃ、後で揉めるだけですからね」
俺は推薦状の重みを掌で感じた。自分の焼くパンが、単なる食事ではなく、命を繋ぐ「希望」として求められている。その実感が少しずつ湧いてきた。
「スノウ、少し寄り道になるけどいいか?」
「うん! 冒険者ギルドなら、私の力も自慢できるかも! ケンタのパンがどれだけすごいか、私がガツンと教えてあげるね!」
スノウが元気よく拳を突き出す。それを見て、バルトロメウスは少しだけ表情を緩めた。
「頼もしい護衛だな。二人とも期待しているぞ。」
俺はバルトロメウスに一礼し、執務室を後にした。
受付のエマが、まだ少し緊張した面持ちで廊下で待っていた。彼女の案内で、俺たちは活気あふれる王都の街路へと踏み出す。
冒険者ギルドへと向かおう。
この街を命がけで守る戦士たちの場所へ。




