第6話 「剥離する境界線」
エデンの外縁部、第3廃棄区画。
かつて高層ビルだった残骸が、墓標のように立ち並ぶこの場所は、エデンの「管理」から零れ落ちた者たちが潜むスラムとなっていた。
湊は、分厚いロングコートで全身を覆い、深くフードを被っていた。
左腕は、リナが用意した「記録者の隠れ蓑」――エデンのセンサーを欺く特殊な布で幾重にも巻かれている。だが、その下で蠢く「怪物の腕」の熱量は、布越しにも湊の肌を焼き続けていた。
「……ここを抜ければ、エデンのエネルギー供給施設の通気口に出られるはずよ」
隣を歩くリナが、地図代わりの端末を見ながら囁く。
湊は答えなかった。喉の奥が常に渇き、肺に吸い込む空気すらも「砂」のように味気ない。時折、コートの下で左腕がピクリと跳ねるたび、セラフィムの罵倒が脳裏をかすめる。
(静かにしてろ……。今は、まだ……)
湊の目的は、エデンの心臓部を叩き、リナを縛り付けている「記録者のシステム」を破壊すること。だが、その歩みは重い。一歩進むたびに、自分が「人間」という形から剥離していく実感が、足跡となって地面に刻まれている気がした。
その時。
廃墟の静寂を、不自然な「音」が切り裂いた。
それは、金属が擦れる音ではない。**「ハサミが布を断つ」**ような、鋭利で乾いた音。
「――見つけた。汚れたデータ、そして……美味しそうな欠落品」
頭上から降ってきた声に、湊は反射的にリナを背後に突き飛ばした。
直後、二人がいた地面に、深紅の閃光が突き刺さる。
そこにいたのは、セラフィムのような「神々しさ」とは無縁の、異質な戦士だった。
装甲は、返り血を浴びたような禍々しい深紅。
四肢はカマキリのように細長く、背中からは数本の鋭い「触脚」が触手のように蠢いている。
顔面を覆うのは、複眼を模した無数のレンズが不気味に明滅する仮面。
仮面ライダー・グラトニー(暴食)。
エデンが誇る「処刑用」のライダー。法を守るセラフィムが「光」なら、法を汚す者を文字通り『咀嚼』して消し去る、エデンの「胃袋」だ。
「ルシアン(セラフィム)が泣いてたよ。ボクの大事な翼を、ドブネズミに食い千切られたって」
グラトニーのライダーは、首を不自然にカクリと曲げ、湊の左腕を凝視した。
レンズの奥で、狂気じみた愉悦が光る。
「ボクはルシアンみたいに優しくないよ。その腕……いや、君の『絶望』ごと、ボクが美味しく食べてあげる」
グラトニーが右腕の鎌を振るうと、周囲の空間が歪んだ。
『エンヴィ(羨望)』の衝動とはまた違う、本能的な「捕食」の圧力が湊を襲う。
湊の左腕が、かつてないほど激しく熱を帯びた。
包帯を焼き切り、白銀の破片が咆哮を上げる。
「食いたいなら……食ってみろよ。……ただし、俺の毒は回りやすいぜ……っ!」
湊は震える手でベルトを掴む。
潜入ミッションは、最悪の「天敵」の登場によって、凄惨な捕食ゲームへと変貌した。




