第4話 「羨望の爪痕」
静寂が、暴力的なまでの「白」に塗り潰された。
廃教会の地下室。砕け散ったステンドグラスの破片が、降り注ぐ光に反射してダイヤモンドの雨のように舞う。その光の渦の中心に、**「彼」**はいた。
白銀の流線型装甲。背中には機械的な六枚の翼。
仮面ライダー・セラフィム。
エデンの法を執行する神の代理人が、塵一つないブーツを汚泥の床に降ろした。
「……呼吸を止めていろ、迷い子。貴様の吐く息一つ、血の一滴すらも、この再構築された世界の純度を濁らせる損失だ」
その声には、憎しみすらも介在しない。ただ害虫を掃こうとする清掃員のような、絶対的な優越感。
湊は震える手でベルトを掴んだ。昨夜の戦いの疲労が、泥のように全身にまとわりついている。
『ヒャハハハ! 来たぜ小僧、極上の獲物だ! あの輝くメッキを剥ぎ取って、中身を食らってやろうじゃねえか!』
ベルトの口が開き、黒い雷が湊の神経を焼く。
「黙れ、ベリアル……! 変……身ッ!」
黒霧が噴き出し、漆黒の戦士・レナトゥスへと姿を変える。だが、その瞬間、セラフィムの姿が視界から消えた。
「――遅い。思考の速度すら、この世界には不要なコストだ」
ドッ!!
衝撃が遅れてやってくる。気づいた時には、湊の体は後方の壁まで吹き飛ばされていた。セラフィムが翼をわずかに羽ばたかせただけで、物理法則を無視した「光速」の移動が行われたのだ。
「ぐ、あぁッ……!」
立ち上がろうとする湊の胸元を、白銀の細剣が容赦なく貫く。火花が散り、レナトゥスの装甲が剥げ落ちる。セラフィムの攻撃は優雅で、それでいて処刑のような正確さだった。
「野蛮だな。その荒い鼓動、その濁った眼光。……救いようのない『旧人類』の再来だ。貴様に与えられる慈悲は、痛みのない消去デリートのみ」
圧倒的な格差。湊の心に、どす黒い感情が沸き上がる。
あいつは綺麗だ。あいつは正しい。あいつは――俺が持っていないもの、全てを持っている。
その瞬間、懐のコアが、湊の「羨望」に呼応して禍々しく拍動した。
『エンヴィ・コア(羨望の核)』。
「……神だか何だか知らないが。勝手にエンディングを決めるな……!」
湊は二枚目のコアをベルトへ装填する。
「ガチリッ……バキィィッ!!」
宝石を噛み砕く絶望の音が響き、レナトゥスの全身から黒い影が意志を持つ鎖のように伸びた。
「お前が光なら……その光を、引きずり下ろしてやるッ!」
セラフィムが再び光速で踏み込む。だが、湊は避けなかった。あえて左肩で剣を受け、めり込んだ刃を黒い影を纏った左手で**「掴み取った」**。
「な……!? 私の剣を掴んだというのか!?」
「捕まえたぞ、光の使い走り!」
エンヴィ・コアの真価。それは、相手が輝けば輝くほど、その力を奪い、濁らせる執念。
湊の左手から溢れ出したドロリとした影が、セラフィムの白銀の腕へと逆流していく。美しい装甲が、湊が触れた箇所から「腐食」するように黒ずんでいく。
「貴様、私の神聖を汚すつもりか……ッ!?」
初めてセラフィムの声に「嫌悪」という人間的な感情が混じる。湊は構わず、セラフィムの肩装甲に指を食い込ませ、力任せに**「引き剥がした」**。
「汚い? ああ、そうだろうな! お前たちが捨てた『汚れ』が、今、お前に触れてるんだからな!」
バリィィィッ!!
白銀の装甲が剥ぎ取られ、セラフィムの神聖な姿に致命的な「欠損」が生じる。
その瞬間、リナの体に刻まれた「過去の悲鳴」が共鳴し、教会全体を侵食する黒い泥の爆発を引き起こした。
「チッ……バグの汚染が臨界点を超えたか。これ以上の滞在は私の純度を損なう」
セラフィムは忌々しげに湊を一瞥し、光の粒子となって撤退した。
崩落する教会。湊は意識を失いかけたリナを抱きかかえ、瓦礫の山から這い出す。
夜明けの風が吹く中、変身を解いた湊の左腕には、剥ぎ取ったはずのセラフィムの装甲破片が、どす黒い血管のような影に締め付けられ、呪いのように癒着していた。
それは、神から奪い取った「汚れた力」の始まりだった。




