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第二話:代償の祝杯、あるいは泥に咲く花


 廃教会の地下に、肉が弾ける嫌な音が響き渡った。

「キ、ギ……ア……ッ!?」

 エデンの守護兵たちが放つ、神聖なるはずの浄化の光。それが湊を包む漆黒の霧に触れた瞬間、腐った硝子のように砕け散った。

 霧の中から伸びた黒い手甲が、守護兵の仮面を掴み、そのまま壁へと叩きつける。石造りの壁が蜘蛛の巣状に割れ、無機質なエデンの兵士が、ただの鉄屑へと成り果てた。

『ヒハハハッ! いいぞ、小僧! その怒り、その殺意! 最高のご馳走だ!』

 腰に食い込んだベルトが、歓喜に震えて咆哮する。

 湊の視界は、真紅に染まっていた。仮面越しに見る世界は、温度を失った情報の羅列に過ぎない。ただ、敵の急所だけが、叩き潰すべき標的として白く発光している。

「うるさい……黙ってろと言ったはずだ」

 湊は、残る二体の守護兵に向かって地を蹴った。

 速い。自分の身体ではないような軽さと、爆発的な推進力。

 一閃。

 右拳に纏わせた黒い衝撃波が、守護兵の胸部を貫通する。返り血ならぬ、黄金色の「光の体液」が湊の黒いボディを汚したが、それさえも装甲が吸い込み、さらなる力へと変えていく。

「これが……力……」

 圧倒的だった。自分をゴミのように追い詰めていた「神の使い」が、今はただの羽虫にしか見えない。

 最後の一個体を、湊は逃がさなかった。空中に飛び上がり、重力に逆らうように急降下する。

『サクリファイス・フィナーレ!』

 黒い雷を纏った蹴りが守護兵を直撃し、地下室全体を揺らす爆鳴が轟いた。

 後に残ったのは、煙を上げる黒い戦士と、塵となって消えていくエデンの残骸だけだった。

 変身を解除した湊は、激しい虚脱感に襲われ、その場に膝をついた。

 喉が、異様に乾く。

「……っ、う……?」

 ふと、視線を感じて顔を上げた。

 瓦礫の陰に、一人の少女が座り込んでいた。白を基調としたエデンの管理服を着ているが、その瞳にはエデン特有の虚無感はなく、剥き出しの「恐怖」が宿っている。

「……見ていたのか」

 湊が声をかけると、少女は肩を震わせた。彼女の手には、エデンが配給する「幸福の薬」ではなく、野草が握られていた。

「化け物……なの?」

 少女の問いに、湊は答える言葉を持たなかった。今の自分は、エデンの言う「浄化されるべき悪」そのものだ。

 だが、少女は逃げなかった。湊の右腕、まだ黒い斑点が残るその傷跡を見て、小さく息を呑む。

「……汚染されてる。でも、その腕で……助けてくれたの?」

「勘違いするな。俺は、あいつらが気に入らなかっただけだ」

 湊は吐き捨てるように言い、彼女に背を向けた。優しくする余裕などない。自分の中には、まだあのベルトの熱が残っている。

『――おい、小僧。いい加減、報酬を払ってもらおうか』

 地下室の闇の中、ベルトが再び、ぬらりとした声で囁いた。

 湊は自分の身体に異変が起きていることに気づく。

 先ほどまでの激痛が消え、代わりに、身体の「感覚」が薄れている。

 ポケットに入っていた、妹の唯一の形見であるキャンディを口に放り込む。だが、何も感じない。甘みも、香りも、唾液が広がる感覚さえも。

「……味が、しない」

『当然だ。先ほどの力、あの快感……タダだと思ったか?』

 ベルトの「口」が、暗闇で不気味に吊り上がる。

『お前の**「味覚」**、確かに食ったぞ。次は、何を差し出す? 愛か? 希望か? それとも、あの娘への「慈悲」か?』

「ふざけるな……っ!」

『ククク……怒れ、抗え。お前が人間を辞めれば辞めるほど、俺は強く、お前は無敵になる。さあ、次のページをめくろうぜ。……仮面ライダー』

 湊は、味を失った舌で、奥歯を強く噛み締めた。

 偽りの光を断つための代償は、あまりにも重い。だが、止まることはできなかった。

 孤独なライダーの、本当の地獄はここから始まる。


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