第8話 「神の軍勢(レギオン)」
夜が明けることはなかった。
エデンの空を埋め尽くしたのは、無機質な白銀の輝き。個体識別番号のみを与えられた量産型ライダー兵器――『仮面ライダー・レギオン』。
その数は数百、いや数千。
セラフィムのデータを基に簡略化されたその兵士たちは、一切の感情を排し、ただ「異物の排除」という命令のみに従う機械の群れだった。
「……ハッ、冗談だろ。空一面が、あのメッキ野郎で埋まってやがる」
廃ビルの屋上。カイトが歪な鎌を構え、天を仰いで吐き捨てた。
彼の隣には、片目で世界を睨む湊が立っている。左半身は変質したまま感覚がなく、凍てつくような冷気だけを放っていた。
「リナは隠したか」
「ああ、地下のシェルターに押し込めてきた。……湊、お前その体でやるつもりか? 次にあの『虚無』を使えば、今度こそお前の心は空っぽになるぞ」
湊は答えず、無造作にベルトを装着した。
左腕の異形の爪が、レギオンの接近に反応してドクドクと不気味に脈動する。
「……あいつらがリナを『汚れ』と呼ぶ限り、俺は止まらない。たとえ、俺自身が空っぽになってもな」
『アビス・エンプティネス』
黒い霧が湊の全身を包み込み、ボロボロの三対の翼が夜闇に展開される。
同時に、カイトもまた深紅の装甲を纏い、暴食の鎌を剥き出しにした。
「――全個体、目標を捕捉。抹殺を開始する」
頭上のレギオンたちが一斉に機械的な翼を広げ、光の雨となって降り注いできた。
「おおおおおおおッ!!」
湊が地を蹴り、虚空へと飛び出す。
一振り。湊の左腕から放たれた影の刃が、先頭のレギオン三体を、その装甲ごと「存在しなかったこと」にするかのように消滅させた。
右側ではカイトが、レギオンの首筋に食らいつき、そのエネルギーを強引に貪り食いながら戦場を蹂躙していく。
だが、敵は無限だった。
十体を墜とせば、百体がその場所を埋める。
一体を消滅させれば、千の光束が湊の肉体を焼き、削り取る。
「ガハッ……っ!」
空中。数条の光に貫かれ、湊の装甲が剥げ落ちる。
虚無の力を使えば使うほど、湊の意識は遠のき、世界がモノクロームに染まっていく。
『ヒャハハハ! いいぜ小僧、もっと食わせろ! 命を、記憶を、お前の『湊』としてのカケラを、全部この闇に放り込め!』
ベリアルの声が、勝利の凱歌のように脳内に響く。
視界が霞む。カイトの叫ぶ声も、爆音も、全てが遠い砂嵐の音に聞こえ始めた。
(……ああ。また、消えていく……)
自分を形成していた思い出が、指の間からこぼれ落ちる砂のように失われていく。
親友の顔が、リナの微笑みが、自分がなぜ戦っているのかという理由さえも、黒い霧に飲み込まれていく。
「……やめろ……。まだ、俺は……」
その時だった。
地上のシェルターから、天を突くような黄金の光柱が立ち上がった。
それは、記録者としてのリナが、湊を繋ぎ止めるために放った「命の灯火」。
湊が守り抜いた彼女の記憶が、今度は湊という存在をこの世界に繋ぎ止めるための、絶対的な座標となったのだ。
「――湊! 戻ってきて!!」
光の中に、リナの祈りが響く。
その瞬間、虚無に染まっていた湊の翼が、白銀と漆黒が混ざり合う、歪ながらも力強い「灰色の翼」へと変質した。
「……悪いな、ベリアル。……俺にはまだ、返さなきゃいけない『記憶』があるんだよ!」
湊が吼える。
奪うだけの虚無ではない。全てを背負い、守り抜くための執念。
仮面ライダー・レナトゥス。
その名の真の意味――「再生」が、絶望の戦場でついに胎動を始める。




