第6話(後半・続き) 「記録者の残響」
「カイト、やめて……! 食べないで、湊を!!」
グラトニーの鎌が湊の胸を貫こうとしたその瞬間、リナが二人の間に割って入った。彼女の華奢な体が、カイトから放たれる圧倒的な殺圧に晒される。
「どいてよ、バグ。君はメインディッシュの前のデザートなんだ。後でゆっくり食べてあげるから」
カイトが冷酷に言い放ち、触脚をリナへ向けた。だが、リナは逃げなかった。彼女は自身の襟元を強く引き剥がし、隠されていた「記録者の痣」を剥き出しにする。
「……私は、忘れない。エデンが捨てた悲鳴も、あなたが捨て去った優しさも。全ては、私の中に『記録』されているから!」
リナの痣が、青白い燐光を放ちながら脈動を始めた。
それは湊を助けるために彼女が初めて能動的に発動させた、記録者の真の権能――『追憶の波導』。
一瞬、廃工場の空間がセピア色に染まった。
「……な、んだ……これ……!?」
カイトの動きが止まる。彼の脳内に、エデンの上層部によって「上書き」され、消去されたはずの記憶が強引に再生されたのだ。
――共に泥だらけになって走った放課後の夕暮れ。
――半分に分かち合った、安物のパンの味。
――そして、三年前のあの日。湊が離したくて離したのではない、震える指先の感触。
「……ぁ、ああ……あがっ……!!」
カイトが頭を抱えて絶叫した。
エデンが彼に与えた「飢餓感」は、本当は湊を憎むためのものではなく、失った温もりを埋めるための「空虚」だった。リナが記憶を逆流させたことで、グラトニーの「暴食」の衝動が、自分自身を食い荒らす激痛へと変わる。
「カイト……思い出せ! 俺たちの、あの場所を!!」
リナが作り出した一瞬の隙。湊は、動かなくなったはずの「怪物の腕」に理性を叩き込んだ。
左腕の白銀の破片が、リナの放つ光と共鳴し、一時的に「羨望」の衝動が「守りたいという執念」へと変質する。
「うおおおおおッ!!」
湊は、自分を縛り付けていた触脚を左手の爪で引きちぎり、地面へ着地した。
だが、リナの力も限界だった。痣から鮮血が零れ落ち、彼女は崩れるように膝をつく。
「……湊……。私は、彼の声を『聴いた』わ。彼は……まだ、あの暗い穴の中で、あなたの助けを待ってる……」
カイトの仮面の奥で、紅いレンズが狂ったように明滅する。
記憶を取り戻しかけた苦痛と、エデンのシステムによる再洗浄が、彼の中で激しく衝突していた。
「……ボク……湊……お腹、空いたよ……。でも、何を……食べれば……いいの……?」
カイトの声に、かつての親友の面影が混じる。
しかし、その背後から、さらに巨大で冷徹な光が近づいていた。セラフィムだ。
「醜悪だな。バグが記録を弄び、怪物が共食いを始めるか。……エデンの秩序を保つため、まとめて塵に還す」
リナの力で辛うじて繋がった湊とカイト。
だが、その二人を「排除すべき異物」として、エデンの最強の法が再び牙を剥く。




