第一話:深淵からの招待状
空は、不気味なほどに白かった。 この街を管理する『エデン』の守護兵たちが現れるとき、空はいつもこの色に染まる。「浄化」という名の処刑が始まる合図だ。
「はぁ、はぁ……っ!」
十七歳の少年、夜凪湊は、瓦礫の山を縫うように走っていた。背後からは、金属が擦れるような羽音と、無機質な歌声が聞こえてくる。エデンの下級兵、通称『アイ(監視者)』だ。 彼らに捕まれば、汚染分子としてその場で分解される。湊の右腕はすでにその「光」に焼かれ、どす黒く変色していた。
逃げ込んだのは、街の端にひっそりと佇む廃教会だった。 崩れ落ちた祭壇、割れたステンドグラス。湊は吸い込まれるように、地下へと続く隠し階段を駆け下りた。
地下室の中央には、異様な存在感を放つ黒い箱が置かれていた。幾重にも巻き付けられた錆びた鎖が、湊の接近に呼応するように激しく鳴り響く。
『――ようやく来たか。俺の新しい食い扶持が』
脳内に直接響く、悍ましい男の声。 湊は恐怖よりも先に、その声に宿る圧倒的な「力」に惹かれていた。箱の中から溢れ出した黒い霧が、蛇のように湊の足元にまとわりつく。
「お前が……俺を呼んだのか?」
『俺の名はベリアル。この腐った光を喰らい尽くす、深淵の王だ。小僧、死にたくないか? あの傲慢な羽虫どもを、その手で握り潰したくはないか?』
「……やりたい。あいつらを……殺せるなら、なんだっていい」
湊の言葉が終わるか終わらないかのうちに、鎖が爆散した。 箱の中から飛び出したのは、奇怪な「口」を持つ漆黒のベルトだった。それは湊の腰に触れると、生き物のように巻き付き、鋭い牙をその腹部に突き立てた。
「ぐ、ああああああああっ!!」
熱い。内臓を直接焼かれるような激痛。 同時に、湊の脳内に濁流のような殺意が流れ込んでくる。右腕の傷が、黒い筋肉と外骨格に書き換えられていく。
『契約成立だ。さあ、そのコアを俺の口に放り込め。お前の「怒り」を、俺の力に変換してやる』
湊は、いつの間にか手に握らされていた黒い宝石――『シン・コア』を、ベルトの口へと叩きつけた。
「ガチリッ……バキィッ!」
ベルトが宝石を噛み砕く、不吉な音が地下室に響き渡る。
『デッド・リバース……サクリファイス・オン!』
黒い霧が爆発し、湊の身体を飲み込んだ。 降りてきたエデンの守護兵たちが放つ浄化の光を、その闇は容易く撥ね退ける。霧の中から現れたのは、真紅の複眼を持つ漆黒の戦士。
「……黙ってろ。俺の身体で騒ぐな」
湊は、己の魂を削り取ろうとするベルトの意志を力ずくで抑え込むと、迫りくる「光の軍勢」に向かって、一歩を踏み出した。
「変身」
爆鳴と共に、少年の人間性がまた一つ、闇へと溶けて消えた。




