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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

伯爵夫人の愛ある秘密

作者: 八重
掲載日:2025/10/04

「わはは! また勝ったぞ!」

「ギルベルト様、おめでとうございます! さすが戦上手であらせられる」

「俺は初陣より全戦全勝だからな!」


 ギルベルトは馬に乗りながら悠々と屋敷への道を戻っていく。

 屋敷の敷地に入った彼は警戒をすることもなく、屋敷に着く前に鎧のベルトを解いた。

 すると、腰の辺りに手を回すと、なにか小さな布切れのようなものがあるではないか。


「ん? なんだまたこの布か」


 彼はそれを手に取ると、道に放り投げた。

 白と黒の布を縫い合わせたそれは、長雨で溜まった水たまりに落ちて沈んでいく。


「たくっ! あいつらまた俺に悪戯しやがって」


 これも自分の部下の仕業なのだろう。

 彼はそう考えた──。


 ギルベルト・ローデンスは、元々平民出身であるが、初陣から一度たりとも負けたことがない。その武功を称えられ、王国より伯爵位を授けられた。

 それゆえ彼の側近たちは平民の頃からの付き合いがある村の仲間たち。

 幼い頃より山や川で遊んだ彼らはとても悪戯好きで、ギルベルト自身も彼らから虫を服の中に入れられて尻餅をついたり、酸っぱい飲み物を桃のジュースと偽って飲ませられたりと、様々な被害を受けたことがあった。


「あいつら、今度は仕返ししてやる……」


 そう呟いた時、ギルベルトは屋敷の玄関に到着した。


「おかえりなさいませ、旦那様」

「ああ」


 家の中に入った彼は出迎えた妻にそう返事をした。

 夜も耽っているというのに彼女はじっと夫の帰りを寝ずに待っていたのだ。

 そんな彼女に優しい言葉をかけることもなく、彼は一目散にベッドへと向かう。


「旦那様、明日の朝食は……」

「うるさい! 私は疲れているんだ。それくらい察しろよ!」

「……申し訳ございません」


 頭を下げる妻に対して追い打ちをかけるように、ギルベルトは言う。


「いいよな、お前は俺と同じ村出身の平民なのに、俺と結婚しただけで裕福な生活を手に入れられて。命がけの俺とは違っていいな、お前は屋敷にいるだけでいいんだから」


 そう吐き捨てた彼に対して妻の侍女が反論する。


「旦那様、それは奥様にあまりにも失礼です! 奥様はずっと……」

「ナタリー! いいの、旦那様はお疲れよ。お引き止めしては申し訳ないわ」

「ですが、ニコル様っ!」


 ナタリーは昔馴染みの呼び名でギルベルトの妻のことを呼んだ。

 そんなナタリーに彼女は「ありがとう」と小声で伝えると、夫であるギルベルトにもう一度頭を下げる。


「ゆっくりお休みくださいませ」

「ふんっ! わかればいいんだ。わかれば」


 ギルベルトは大きく息を吐くと、足早に寝室へと向かっていった。


 ベッドに入った彼が目を覚ましたのは、深夜2時だった。


「ん……まだ夜中か……」


 戦勝利の余韻からかギルベルトは深く眠れなかった。

 寝つきの良い彼はいつもならば一度寝ると朝まで起きないが、今日はなぜか眠れない。


「はあ……水でも飲むか」


 そう思った時、ベッドの異変にようやく気づいた。

 隣にいるはずの妻ニコルの姿がないのだ。


「どこにいった?」


 トイレにでもいっているのだろうかと思いしばらく待ってみたが、帰ってくる気配がない。


「まあ、いつか戻ってくるだろう」


 彼は水を飲んで再びベッドに入り、眠りについた──。



「旦那様、朝でございます」

「ん……」


 ギルベルトが次に目を覚ますと、そこにはいつも通り彼より先に支度を済ませて起きているニコルの姿があった。


「旦那様、朝食ができております」

「ああ……」


 彼はゆっくりと起き上がると、ベッドから出た。

 ニコルがいつものようにギルベルトの肩に羽織をかけると、彼は妻の指に結婚指輪がないことに気づく。


「お前、結婚指輪は?」

「あ……支度をする時に外してしまって忘れておりました。つけてから朝食にまいりますので、旦那様は先に向かってくださいませ」

「……ああ」


 妻に促されてダイニングへ向かいながら、ギルベルトの頭にはある考えが浮かぶ。


(あんなに取り乱しているのは初めてか……?)


 その瞬間、昨日の夜中に彼女の姿がなかったことが頭をよぎった。


(男か? 昨夜、男に会っていたのか?)


 「浮気」という言葉が脳内に浮かんだギルベルトは、今晩もう一度夜中様子を見てみようと考えた。


 その晩、いつも通りにベッドに入った二人は就寝の挨拶をする。


「おやすみなさいませ、旦那様」

「ああ」


 ニコルの挨拶に返事をしたギルベルトはこっそりと目をつぶったまま起きておいた。

 すると、夜12時にニコルはそっとベッドから出て立ち上がったのだ。


(やはり、どこかへ行くのか?)


 ギルベルトが狸寝入りをしていることも知らずに、彼女は髪を結うとそのまま部屋を後にした。

 足音が聞こえなくなった頃、ギルベルトは起き上がってじっと扉を睨む。


「浮気、なのか?」


 そうして彼女が二度に渡って夜中抜け出たことを知ると、次の日も次の日も同じことを繰り返して彼女の動向を探った。

 だが、やはり彼女は夜12時になるとベッドを抜け出してどこかへ向かっていくのだった。


(これは浮気に違いない! ニコルの分際で浮気とはな……)


 そう思った彼は、調査を始めて一週間後の今日、ついに彼女の後を追うことに決めた。

 ニコルはいつも通りベッドを抜け出すと、そのまま部屋を出て庭のほうへ向かっていく。


(どこへ向かっている? そっちに門はないぞ……)


 隠し扉でもありそこから外へ抜け出しているのかもしれない。

 そう思ったギルベルトだったが、彼女が向かった先は裏庭にひっそりと佇む離れだった。


(離れ?)


 ニコルは離れの中に入ると、灯りをつけて中で何かを始めた。

(何をしている?)


 窓が見える位置に動くと、じっと目を凝らして覗き込んだ。

 すると、ニコルは何やら手を動かしている。


(なんだ? 裁縫か?)


 草むらに隠れながら窓の中がよく見える場所へ行くと、彼女の手元がようやくはっきり見えた。

 彼女は刺繍をしており、その顔つきはとても愛しいものを見るよう。


(あ……)


 そしてそこでようやくギルベルトは彼女が縫っているものがいつも戦帰りに鎧から出てくる布と同じということにきづいた。


(あの布切れと同じ……どういうことだ……?)


 あの布切れは自分の部下の悪戯だったのではないのか。

 そう思っていたギルベルトは困惑してしまう。


 すると、ようやく縫い終わったそれにニコルが手をかざした。


「どうか今度も無事に旦那様が戻ってきますように」


 その呟きと共に彼女の手から放たれていたのはまぎれもない魔法だった。


(魔法、だと……!?)


 魔法はこの王国で使える者はそう多くなく、魔法を使える者は主に王宮で魔術師として働いたり、戦場に出たりすることが多い。


(魔術師の誕生はいまだに謎。ニコルが持っていてもおかしくはない。だが、なぜ……なぜ……)


 ギルベルトは草むらを飛びだし、扉を勢いよく開けた。


「旦那様っ!」

「なぜ……なぜお前がそれを作っている!?」


 夫の問いにニコルは目を伏せると、申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ございません。勝手をいたしました。あなた様のご武運を祈りたく、お守り代わりに鎧に……」


 ニコルの言葉を聞いてギルベルトは全てを理解した。

 自分が戦で勝ち続けられたのは、妻の「お守り」があったからだと。

 

「あ、あはは……俺は、お前の手のひらの上で踊らされていたわけか」

「ち、違います! そんなつもりでは……」

「黙れっ! 馬鹿にしているのか!? 魔法で俺を守って、ああ~さぞかしいい気分だっただろうな! 戦に勝っているのを自分の力だと思い込む俺を見るのは!」

「旦那様! 違うんです!」

「違うわけがあるか! なぜ魔法が使えるなら自分のために使わない!? そうすればもっと名声を手に入れられるではないか!」

「あなたと一緒に夢を追いかけたいからです!」

「……なに?」

「あなただけではない、私だけでもない。この『蝶々結び』のように二人で……」


 お守りについている小さな紐は、蝶々結びになっていた。


「あ……」


 それを見たギルベルトに幼い頃の記憶がよみがえってくる──。



『ニコル、ほら行くぞ!』

『ギル! 靴紐が解けてるわ』


 そう言って小さな女の子はギルベルトの靴紐を結んでやる。


『できた!』

『なんだ、この結び方は?』

『これは東の国に昔から伝わる「蝶々結び」という結び方らしいの。この両端を持ってこうして、こうして……こうやって一つに繋ぐの。お祝いとかお祈りの意味もあるそうよ』

『おお! ニコルは物知りだな~! じゃあ、俺が戦に出るときにはお前に鎧の紐を蝶々結びにしてもらう!』

『ギル、鎧は革ベルトで締めるのよ?』

『いや! それでも俺はお前の蝶々結びがいい!』


 腰に手を当てて夢を語るギルベルトを見て、ニコルは微笑ましく見つめていた。



「蝶々結び……だから……」


 幼い頃の約束を思い出した彼は、同時にいつも戦場へ向かう日のことを思い出した。


(いつも鎧には紐がついていて……それを結んでいたのは、ニコルだった……)


 使用人がギルベルトの戦支度を整える中、ニコルも必ずその場にいて鎧に紐をつけて蝶々結びをしていた。


(俺はそれをどうした……?)


 ギルベルトはいつもそれを戦帰りに解いてその場に捨てていた。


(俺はなんてことをしていたんだ……)


 ギルベルトはその場でしゃがみ、頭を抱えて涙を流す。


「俺は……俺は、お前になんてことを……」


 ニコルは後悔する彼の傍にいき、そっとギルベルトの手に自分の手を重ねた。


「あの日、鎧に紐をすると仰った日からずっと私はあなたと共に暮らすことを夢見ていました。ずっとお慕いしていて、今傍にいられて私は幸せです。だから……これからもあなたのお傍にいても、あなたと共に夢を見てもいいですか? 一緒に生きる夢を……」

「ニコル……」


 ギルベルトはこれまでの謝罪と感謝を込めて思いっきりニコルを抱きしめる。


「俺は、お前にとんでもなくひどいことばかりした。お前の想いも苦労も知らずに、自分のことだけを考えてきた。妻であるお前を幸せにできていなかった。謝っても許されることではないだろう。どうか、どうかこれからは償わせてほしい……もう一度、お前と向き合いたい」


 彼の心の叫びはニコルにしっかりと届いていた。


「では、このお守りは絶対に離さないでくださいね。それと、お詫びに……」


 そう言って彼女は前髪をあげると、優しい笑みを浮かべて言う。


「おでこにちゅー、してくれませんか?」

「ニコル……ああ、もちろんだ」


 ギルベルトは恥ずかしがりながらも、妻のおでこにとびきり優しく唇をつけた──。



 それから五日後、ギルベルトは新たな戦場へ向けて馬に乗っていた。


「ギルベルト様、今日は気合入ってますね」

「ああ、今日は新しい『お守り』を妻にもらったからな」

「へえ~惚気ですか」

「うるさいなっ! ほら、急ぐぞ!」


 そう言って馬を走らせた彼の首には新しいネックレスがかけられていた。

 首の後ろで蝶々結びをしたネックレスが──。


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