言葉より確かなもの
火は、小さく揺れていた。
身体を起こすと、周囲にはあの8人の“よくわからない種族たち”が、それぞれに準備を進めていた。
ざわめき、足音、笑い声。
その空気の中心にいる──“あの人”が目に入る。
高身長で、物静かな男。
誰もがその指示を自然に聞いている。
けれど、誰も彼を「隊長」とも「上司」とも呼ばない。
ただ、“あの人”とだけ。
──それが、彼の立ち位置だった。
腰には一本の剣。
そして、もう片方の鞘は──空だった。
⸻
トワは立ち上がり、水を飲みながら考えていた。
(……助けられたんだ。何か……お礼をしないと)
言葉で足りるものじゃない。
異世界でのマナーも常識も知らないが、
感謝の気持ちくらいは、世界が違っても通じるだろう。
自然と、目があの“空の鞘”に向いた。
(……もう一本、剣を……使ってたのか?)
トワはゆっくりと近づき、
静かに尋ねた。
「その鞘……もう一本の剣、折れたのか?」
男は少しだけ視線を動かし、無言で頷いた。
それだけだった。
でも、十分だった。
⸻
(だったら……)
頭の中で、イメージを重ねる。
“もう折れない剣”
“重すぎない”
“片手でも、両手でも使える”
“強くて、格好よくて──”
次第に、腕が熱を帯びていく。
再構刻が、自然に始まっていた。
バラバラの金属片、溶けた部品、錆びた枠。
それらが空気中で組み上がっていく。
──カチ、カチ、ガチャリ──!
完成した剣は、どこか異形の美しさを持っていた。
直線と曲線のバランスが絶妙で、
刃文は蒼く揺れ、柄には滑り止め加工のような質感が宿っていた。
⸻
トワはそれを布で包み、静かに、彼の前に差し出した。
「……ありがとう。
この世界のことは何もわからないけど、
助けてもらったことは、ちゃんとわかる。
これは──その、お礼。俺にできる、唯一の……」
言葉に詰まりながらも、真っ直ぐ渡す。
男はしばらく無言のまま、布を開いた。
その眼差しは、驚きでも賞賛でもない。
ただ──何かを、確かに受け取った者の目だった。
彼は何も言わず、それをゆっくりと空の鞘に収める。
──ぴたり。
収まる音が、焚火の音を上書きした。
「……いい剣だな」
ただ、それだけ。
けれど、それは“十分すぎるほどの言葉”だった。