塵の底で、声がした
歩いているだけだった。
けれど、それが一番苦しい時間だった。
見渡せば、瓦礫、鉄、ゴミ、
そして──腐った川が、絶え間なく流れていた。
油の浮いた水面は虹色に光り、
漂ってくる臭気は、皮膚を刺すほどだった。
「くそっ……水、ひとつすら……ない……」
マネキンは、相変わらず無言でついてくる。
ただ、沈黙だけが、延々と背中に突き刺さっていた。
空腹。渇き。疲労。
何より、孤独が一番堪えた。
(俺は……本当に、もう……)
──足がもつれる。
意識が、ずるりと剥がれていく。
◇
──風の音だけが、鼓膜をなでていた。
どれくらい、歩いたのか。
どれだけ、進んだのか。
わからない。ただ、喉が焼けるように痛かった。
そして──ついに、膝が砕けた。
身体が、音を立てて瓦礫に沈む。
(ああ……ダメだ……)
瞼の裏で、マネキンが立ち尽くしていた。
その白い仮面は、何も言わないまま、ただこちらを見ていた。
そして──意識は、落ちた。
◇
風の匂いが変わっていた。
鼻の奥に、干した薬草のような、
火と木と鉄が混ざったような匂いがした。
遠くで、誰かの声が響いた。
「おーい!目覚めたぞ!」
視界がぼやけている。
だが、確かに、周囲に何人かの影がいる。
目が合った。
──その顔は、人間に似ていた。
けれど、“完全に同じ”ではなかった。
瞳が横長で、肌に薄く文様が浮いている者。
耳が丸くなく、花のような軟骨が付いている者。
髪が銀と藍のグラデーションをしている女。
背中にうっすらと羽のような突起が見える男。
合計8人──人間のようで、どこか“違う”存在たちだった。
「おいおい、結構な長寝だったぞ?」
「まさか死んでるんじゃねーかって、ハナが3回も鼻鳴らして確認してたんだぞ」
「水が足りなくてな……一時は足裏まで吸わせるかって話だったしな」
「やめろ。あれは冗談でも言うな」
わらわらと寄ってくる。
トワは、反射的に身体を引いた。
「……ここは……どこ……?」
すると、一番落ち着いた雰囲気の男が、
火の前にしゃがんで言った。
「お前が倒れてた場所から、ちょうど“1日と半分”経った。
飲まず食わずだったみたいだな──そりゃ死ぬ」
トワは、まだ混乱していた。
「……お前ら……誰だ……?」
答えは──まだ返ってこない。
代わりに、鍋の中から、温かい香りが漂ってきた。