知らない世界の顔
──音が、違った。
踏みしめる地面から、かすかに金属の鳴き声が響く。
コンクリではない。土でもない。
廃棄された技術と建材が何層にも積み重なった“層”のような感触。
トワはその上を歩いていた。
瓦礫と風が混ざる路地を抜けながら。
「……空気が……違う……」
呟いたその声すら、自分のものとは思えなかった。
後ろには、マネキンがついてくる。
無言で、重さのない足取りで。
──だが、それよりも気になっていたのは、
街の人々が、決して近づこうとしない区域の存在だった。
崩れた塔の影。沈んだ運河跡。骨のように立ち尽くすモノレールの橋脚。
誰もが、見ないようにしていた。
(何かあるな──)
そう思いながら、彼は足を踏み入れる。
そして、見た。
それは、“人間ではない”。
肌が青白く、耳は裂け、指が6本あった。
目は細長く、髪の代わりに細かい甲殻のようなものが生えている。
だが──その存在は、確かに“生きて”いた。
彼は何かを拾い、修理し、鍋のようなものを抱えていた。
──普通に、生活していた。
トワは立ち止まった。
その姿を、目を、呼吸を。
全てが“自分の常識”から逸脱していた。
──そして、ようやく、認識する。
(ああ……俺は……本当に……)
(知らない世界に来ちまったんだ……)
その“青い人”が、トワに気づいた。
目が合った。
だが、敵意はない。
彼は目を伏せ、少しだけ微笑んだ。
「……ヘヌァ……イタミ、ナァ……?」
トワには意味が分からなかった。
だが、声の抑揚だけは、どこか優しかった。
「ごめん……言葉、わからないんだ」
その言葉に、相手は小さく首を傾げ、
そして、指を差した──マネキンの方へ。
しばらく見つめて、ぽつりと漏らす。
「……アレ、ウゴク、ナ……?」
トワは、無言で頷いた。
青い男は、それを見て、もう一度だけ笑った。
だが──その笑みには、微かに震えがあった。
恐れとも、祈りともつかない──遠い記憶の残響のような。
「この世界……どこまで、“知らないもの”があるんだ……」
吐き出すように、トワはつぶやく。
街はまだ続いていた。
この先に、もっと何かがある。
そのすべてが、「人間だった頃の自分」には想像すらできなかったもの。