沈んだ街の灯
風の匂いが変わった。
ごみ山を登りきったその先に、朽ちた街並みが広がっていた。
建物は骨のように軋み、路地はひび割れたタイルと鉄板で埋まっている。
それは、もはや「街」ではなく、「街だった何か」。
けれど、そこには確かに“暮らした痕跡”があった。
遠くで、かすかに煙が上がる。
「……火?」
トワは足を踏み出す。
無言のマネキンが、静かに後ろをついてきた。
街の端、崩れたアーチの下に、それはいた。
4人──あるいは、5人。
粗末な布を身にまとい、身体は煤で黒ずんでいる。
だが、その目は鋭く、生気を宿していた。
最初に彼らが見たのは、トワではなかった。
彼の隣にいる──無言の人形だった。
その瞬間、空気が変わった。
一人の老人がゆっくりと前に出る。
褐色の肌、白く干からびた髭。
そして、長く尖った耳。
──人間ではない。
だが、長命な種の“知者”であることは、すぐにわかった。
「……旅人か。いや──落ちてきた者、か?」
「……ああ。気がついたらここにいた」
トワは簡潔に答える。
その答えに、老人はしばらく黙った。
「名は?」
「トワ・ミル=ネイム」
「……妙な名だな。ここでは聞かぬ響きだ」
老人の声に、とがった鋭さはない。
ただ、じっと観察していた。
だが、視線はやはり──マネキンに向いていた。
「それ……どこで拾った?」
「山の下で。……気づいたら、ついてきてた」
老人は小さく息をのんだ。
「動いているのか……それが、な……」
「知ってるのか?」
その問いに、老人は答えなかった。
ただ、火をくべながら呟いた。
「昔、この街には、“声なき守り手”がいたと言われていた。
……動かぬ者。誰にも目を向けぬ者。だが、必ずそこにいる者──と」
「それが……こいつ?」
「信じるかどうかは、お前次第だ。
……ただ、この街で“それ”を連れてくる者など、百年は見ていない」
──会話は、そこで終わった。