名もなき声
マネキンは再び沈黙した。
だが、その背中から、トワは目を離すことができなかった。
“沈黙”という名の意思が、そこには宿っていた。
彼は深く息を吸い込み、まだ見ぬ山の上層部へと目をやった。
「……登るか。少しでも、“何か”を知りたい」
ごみの山を登る感触は異様だった。
靴底の下で、無数の過去が音を立てる。
携帯電話、ぬいぐるみ、金属、書物……。
世界が、否応なしに“切り捨てたものたち”。
登るごとに風が変わる。
──そして。
霧の向こうに、“誰か”がいた。
全身を漆黒の布で覆ったような、人型の影。
だが実体感がない。
その“顔”にあたる部分は、まるで水面のように波打ち、定まらなかった。
だが、確かにこちらを“見て”いる。
その者は、動かない。
ただ、トワの行動を「見届けていた」ように、ただそこに在る。
「……お前、誰だ……?」
返事はない。
だが──頭の奥で、“意味”だけが流れ込んできた。
【観測──完了】
【記録:0001】
【再構刻因子:回収困難】
【構築者:定義外】
【干渉:保留】
(……声じゃない……)
(頭の中に、何か……情報が……直接……?)
トワは目を押さえる。眩暈のような思念の奔流。
自分の記憶を誰かに覗かれているような感覚。
だが、強制ではない。どこか、試されているような。
──“言葉ではない”やりとり。
それは言語を超えた、**次元そのものの“触れ合い”**だった。
黒い影は、わずかに手を上げるような動作を見せる。
まるで「やがてまた会う」とでも言うように。
そして──霧の奥へと、音もなく溶けていった。
残された空気は、異様なほど冷たかった。
だが、彼の胸の奥には、確かな“気配”が残っていた。
それは、今後の旅において──
“彼ら”が繰り返し姿を現し、
そのたびに物語の流れを“調整”してくる存在であることを、
彼はまだ知らない。
「……誰かが……俺を、見てた……?」
そう呟いたとき。
空の彼方。浮かぶゴミの島の下で──
微かに“光る目”が、ひとつだけ、瞬いた。