歩き出す人形(マネキン)
錆びついたゴミの上を、静かに踏みしめる音が響く。
ギィ……ギギ……
無機質だったはずのマネキンが、まるで生き物のように関節を鳴らしながら、歩いてくる。
「……おい……ほんとに、お前……」
『我はかつて、“ナレ=ルフェクト”と呼ばれた。』
その名は、誰の記憶にも残っていないはずだった。
だが、それはこの世界が“忘れさせられた”名。
七種族が“その存在”を封じるために、歴史ごと塗りつぶした名前だった。
トワは反射的に距離をとった。
だが、“恐怖”ではなかった。
「お前……何者なんだ……!」
『我は、かつてこの世界で“王を喰らうもの”とされた。
それゆえ、複数の七種族が手を組み、我を“仮面なき傀儡”として封じた。』
セランが驚いたように一歩前に出る。
「あなたが……“あの存在”……!? 本当に……?」
トワは振り返る。
「“あの存在”って、何だよ……!」
『124年前、世界を再構しようとした者がいた。
理を超える者として、力を持ちすぎた。それが我だ。』
マネキンはそう語るが、その声音には憎しみも、誇りもなかった。
ただ“諦念”と、“確かな意志”だけがあった。
『今はただ、お前の再構刻に応じる。
我が目的は復讐ではない。破壊でもない。』
『ただ、“終わるべきではなかった世界”を、再び始めさせること。』
トワの背に浮かぶ紋様が、うっすらと発光を始める。
セランがその光に気づき、目を細めた。
「……トワ、あなたは……本当に、“選ばれた”んだね……」
「選ばれたかなんて、わかんねぇよ。でも、俺は、やるしかない。」
その言葉に、マネキンが初めて“うなずいた”ように、首を傾けた。
『よかろう。“主”よ。』
「主って……やめろよ、気持ち悪ぃ……」
『では、刻印者。命ずるがいい。』
ザリ……。
風の中、3人は再び歩き出す。
焼けた鉄と灰の道の、その先へ。