封じられた刃
トワとセランはとにかく歩くしかなかった。
どこを目指せばいいのか、検討もつかない。
ただ、立ち止まってるわけにはいかなかった。
瓦礫に埋もれた道が、じわじわと開けていく。
崩れた建物の奥、湿った鉄臭さが立ちこめる一帯。
・・・異臭。
「……くるよ」
セランが立ち止まり、ただ一言。
トワは何かを察したように、前へと出る。
それは、突然だった。
ゴギィィ……ッ!
鋼を裂くような耳障りな音と共に、地面が盛り上がった。
泥にまみれた瓦礫の下から這い出てきたのは“異形の敵”だった。
身長は2メートル近く、体表は灰紫色に変色した皮膚。
頭部はつるりと丸く、目は縦に三つ並んでいる。
口は顎の左右に広がる裂け目となり、そこからぬるりと舌のような器官が垂れていた。
その姿に、トワは思わず後ずさる。
「……なんだ、あれ……」
セランは、戦う構えすら見せない。
「“ヘロド種”ね。腐滅領域から這い出した、残り物」
「ヘロド……?」
「ただの呼び名よ。でも油断しないで。あれ、食べるためじゃなく“壊すため”に動いてる」
ヘロドは咆哮を上げ、トワに向かって突進してきた。
一瞬で間合いを詰め、鉄の棒のような武器を振り下ろす。
(やばいッ!)
トワはとっさに飛び退き、背中を地面にぶつけながらも避ける。
その瞬間、ポケットの中で何かが“熱を持った”。
「……っ!」
反射的に取り出したそれは──
以前、なぜか勝手に“再構刻”されてポケットに現れていた短剣。
(これ、なんで……こんなタイミングで……)
考えている暇はなかった。
トワはその短剣を握り、地を蹴った。
一閃。
灰紫の皮膚が裂け、ヘロドの肩に斜めの傷が走る。
「ギィ……ヒャアアアア!!」
異形の断末魔は、不協和音のような悲鳴だった。
だが、まだ倒れない。
ヘロドはなおも笑うように、裂けた口を大きく開いた。
カンッ!
次の一撃に備えて構えた瞬間、短剣がトワの手の中で“砕けた”。
「ッ、使い捨てかよ……!」
だが、その刹那。
ヘロドの胸に開いた傷口の奥で、“光るもの”があった──
直感だった。
トワは折れた刃の柄で、コアのような部分を突き刺す。
光が弾け、ヘロドの体が崩れるように崩落する。
静寂。
息が、荒くなっていた。
手足が震えていた。
だけど、生きていた。
「ふぅ……なんとかなった……」
セランが近づいてきた。
「よくやった。あの短剣、勝手に出来てたの?」
「……うん、気づいたらポケットに。あれも“再構刻”ってやつなんだろうけど……」
「自分の無意識が反応したんだと思う。きっと、君が“必要だ”と思ったから」
その時、背後で“コトン”という音が鳴った。
振り返ると、マネキンが立っていた。
変わらず無言。感情のない顔。けれど、確かに見ていた。
「……あいつ、なんなんだ」
「でも、さっきの戦いを見て、少し前より近づいてる。気がする」
トワはその視線を感じながら、なぜか胸の奥で、
この世界の“何か”が、少しだけ動いたような感覚を覚えた。