灰の向こうにいたもの
その影は、音もなく現れた。
灰がふわりと宙を舞う。
風もないのに、舞い上がったそれは、まるで“歓迎”のようでもあり・・・“警告”のようでもあった。
トワ=ミル=ネイムは静かに一歩前に出た。
セラン=エルファリエも同時に身構える。
マネキンはただ黙ったまま灰の向こうを見ているようだ。
「……見える?」
「うん。でも……はっきりとは、まだ」
建物の影から現れた“それ”は、輪郭がぼやけたヒト型だった。
身体の各所が何かのコードで縫い止められており、関節ごとに異なる素材が使われていた。
まるで“他者の記憶を継ぎ接ぎした存在”。
その異形は、目のない顔をわずかに傾けた。
「……確認完了。対象、トワ=ミル=ネイム、観測データと一致」
「なんだ……こいつ?」
「……話しかけてきてる……?」
セランの声はかすかに震えていた。
異形の存在は、トワの前でゆっくりと膝をついた。
「《外部命令の待機モード、解除》ようやく、会えたな。“再構刻の起源”」
「再構刻……?」
「貴様が“来る”ことは、すでに124年前に記録されていた。
この地の因果は、すでにお前を中心に巡りはじめている。……“終わりの起点”として」
セランが息を呑む。
「それって……どういう・・・?」
「問うな」
その一言に、空気が張り詰めた。
「今はまだ、語るべき時ではない。
貴様に問う。この世界を、再び編む意志があるか。
否と答えるならば、この先には進めぬ」
トワは、黙っていた。
異形の“視線のない視線”が突き刺さる。
・・・だが、彼は答えた。
「……まだ、自分のことも、この世界のことも全部はわかってない。
でも、それでも・・“このままじゃダメだ”ってことだけはわかる。
もしそれが……俺にしかできないことなら、やるよ。やってみせる」
静寂。
数秒の後
その異形は、首を垂れた。
「確認終了。……継承シーケンス、起動」
その身体が一瞬、崩れかけるように揺れた。
「今からお前に、“いくつかの扉”が開く。
選ぶのはお前だ。進むのも、止まるのも、拒絶することすら自由。
……だが、“最奥”にだけは、決して触れるな」
「最奥……?」
「そこには“この世界の因果すら飲み込む歪み”がある。
トワ=ミル=ネイム、お前が選ぶその日まで、この警告は残される」
そして、影は消えた。
トワは、重たくなった空気の中で息を吐く。
隣を見ると、セランも黙ったまま空を見上げていた。
「・・・“再構刻の起源”って、どういう意味なんだろうな」
「まだ……何も始まってない。
けど、きっとこれが“世界が動き出すきっかけになった・・・気がする。」
ふたりと一体は再び歩き出す。
その足音の向かう先には、
未だ誰も知らない“真実の世界”が待っていた。