雨と断裂
──生きてる。
けど、なんでだ?
ここはどこだ……?
脳の奥に針を刺されたような痛み。
耳の奥では、まだ電子音の残響がうごめいている。
「意識断裂完了」「転送開始」──そんな言葉が現実に思えない。
「夢……なのか……?」
思わず口に出す。だが、答えは返ってこない。
代わりに、鼻を貫いたのは腐った魚のような悪臭。
胸がえずき、胃液がこみ上げた。
視界が徐々に晴れていく。
そこにあったのは──ゴミだ。
鉄屑、溶けたタイヤ、割れたガラス。
電子レンジ、骨のような何か、黒ずんだ紙幣、潰れたマネキン。
どこかの世界の“使い終わった”ものたちが、見渡す限り、うず高く積もっていた。
「ここは……いったい……?」
立ち上がろうとして、足元が崩れた。
ぐしゃり、と音を立てて、プラスチックと泥の塊が潰れる。
その感触が、現実だと告げてくる。
──いや、違う。
これは、現実じゃない。
でも──夢でもない。
そう思わせる“何か”があった。
風が吹いた。
だが、冷たくない。代わりに……不気味な“静寂”を連れてきた。
風の中には、鳥の声も、人の声もない。
代わりに、かすかに聞こえるのは──金属の軋む音と、燃え残った電気の残り香。
遠くに視線をやると、山のように積まれた瓦礫の向こうに、
巨大な“何か”が見えた。
塔……? いや、朽ちた都市の残骸だ。
ドーム状の建物、崩れた橋脚、天へ向かって折れた鉄骨。
まるで──そこに文明があったかのように。
(都市だった……のか? ここは)
そのときだった。
腕が、熱を帯びた。
見ると、左腕に奇妙な紋章が浮かび上がっていた。
細かい数字のような模様、歯車のような円、中央には“□”の空白。
【再構刻】──認証中。
まるで、俺の体が“機械”の一部になったような……
あるいは、俺という存在そのものが、“道具”として選ばれたような……
そんな、言い知れぬ違和感。
(……なんだよこれ……)
ふと、目の前の山が“ズズ……”と音を立てて崩れた。
そこから見えたのは──
広大な大地だった。
山に囲まれた谷のような地形。その中央に、かつて文明があった痕跡。
建物の跡。道路の骨。風化した看板。
けれど、すべてが崩れ、朽ち、忘れられていた。
まるで「世界の終わった場所」だった。
──そのとき、理解する。
ここは、異世界なんかじゃない。
ここは、“異世界の最下層”だ。
捨てられたもの、壊されたもの、忘れられたものだけが集められた、
“ゴミの墓標”。
まるで、“この世界の失敗”だけが、ここに堆積しているかのようだった。
文明が何かを誤り、誰かが裁ち、誰もが蓋をした場所。
……そんな場所に、自分は投げ捨てられた。
(……俺まで“ゴミ”扱いってわけか……)
雨に打たれて死んだはずの男。
でも、死ねなかった。
死んだ先に与えられたのは、神の祝福でもなければ、魔法のチートでもない。
──ただ、ゴミだった。
……けれど。
その中に、たったひとつだけ、光がある。
この手に刻まれた“再構刻”の紋章。
誰にも必要とされなかった俺に、
“この世界”が、何かを委ねてきた。
「そうかよ……」
「じゃあ、俺が……」
「このクソみてぇな世界を──」
「再構築してやるよ……」
声は風に溶け、
その宣言は、空に吸い込まれていった。
だが確かに、そこから始まった。
世界を変える力が、
世界を変える意志が、
ゴミの底から、静かに動き始めた──。