表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/27

1回目:喉からの出血による失血死

 シルフィリア王国に到着してから竜の居場所を探ったが、案外早くわかった。過去に潜入した部下の記録や、王都にある裏ギルドから入手した情報を基に地図に印していき、候補をいくつか割り出したのだ。数日監視を続けるうちに絞られ、とうとう王都に隣接する森にある塔が怪しいと判断した。


 王都には王城と並んで神殿があり、その背後に小さな森がある。塔は森の中にひっそりと建ち、見回りの衛兵以外近づく様子が無いらしい。

 竜を閉じ込めておくには狭そうではあるが、高くそびえ立つ石の塔は何かを隠すにはもってこいに見える。現に竜聖教の大神官ラザールが塔に重要な物を隠しているという噂も流れていた。

 竜聖教とはシルフィリア王国で半分以上の国民が信仰している国教だ。王都の神殿の最高責任者である大神官は、実質竜聖教のトップであり王の次に力があるとされている。

 シルフィリア王国は政治と宗教を明確に分断していない。だからこそ父王はシルフィリア国王と大神官が手を組み、竜を使って有利な立場につこうとしていると考えたのだ。


「竜を信仰している国が竜を生物兵器に、か」


 森に潜伏しながら塔を見上げてアレクセイは嘆息する。満月の光に照らされる塔はどこか寂しげだった。

 普通なら信仰対象を兵器運用するなど許されないと思えるが、人間は欲のためなら何でも正当化をする生き物だ。

 フォルティオン王国とシルフィリア王国は百年前に結んだ盟約によって長年戦争をせず、深く関わることもせずにやり過ごしていた。

 しかし近年深刻に進む飢饉や資源の枯渇で人々は苦しみ、他国から奪うことでしか生き残れないと考えはじめた。アレクセイの故郷では雨不足に悩まされており、父王は水の資源が豊かなシルフィリア王国を乗っ取りたいのだ。


 北国がこちらを征服したくてたまらないのも、やはりシルフィリア王国の水源が絡んでおり、侵略の足がかりにするつもりのようだ。

 そこでシルフィリア王国の竜が現れた。人智を超える存在は、国同士のパワーバランスを崩すには十分だ。

 前々から噂は流れていたが、実在するとは思っていなかった。昔からそういったデマは珍しくなく、どの国もホラを吹くことはあっても本気で信じることは無いだろう。


 でも本物の竜がいるならばどのような姿なのだろうか。

 アレクセイは慎重に辺りを確認する。不思議なことに塔周辺は警備も罠も何もなかった。まるで守るものはここには何もないと言いたいようだ。


「思い違いだったのか」


 だが部下の話では今まで警備があって近づくことも容易ではなかったという。ならば場所を変えたのか。

 痕跡だけでも探れれば何かわかるかもしれない。アレクセイは警戒しながら塔に近づき、入り口を探す。外壁に沿いながら一周するがこれといったものはなかった。見上げればいくつか通気孔があるくらいで人が入るには小さすぎる。

 ただの飾りとして建てられたのだろうか。用途がわからない建築物を不信に思った。


「あ」


 さらに視線を上に動かすと、15mほどの高さに窓があるのを見つけた。一般的な建築物にもある窓のようで、飾りではなさそうだ。あそこに人が過ごせる空間があるのかもしれない。壊せば中に入れるだろう。

 アレクセイは石を積んで作られた外壁に手をかけ登り始めた。滑り落ちるかもしれないという恐怖心は無い。ただ誰かに見つかり弓で撃ち落とされる可能性だけを懸念していた。

 夜風に吹かれながらひたすら壁を登っていく。被っていたフードが風に煽られ頭から外れるが、動揺せずただ手足を動かし続けた。

 心のどこかで期待しているのかもしれない。竜の、夢の中で会ったあの生き物の手がかりがあるかもしれないと。


 窓まで辿り着いて中を覗くと、蝋燭の光と人影が見える。だが相手は敵の来訪に気づいていないようだ。窓に手が触れると抵抗することなく動いた。

登ってくる人間がいると予測していなかったのか、鍵をかけていないらしい。

 相手が気づく前にアレクセイは窓を最小限に素早く開き、小柄な体を中へと滑り込ませた。木製の床を踏みしめると老朽化しているのか大きく軋む。横向きの椅子に腰掛けていた人間はゆっくりとこちらへ向いた。


「君は」


 まずアレクセイの目に映ったのは黄金色に輝く髪と双眸だった。その色は夢で見た竜と一致しており、人の姿をしているはずなのに別の生き物に見えた。

 とても美しい男だった。少年というには歳を重ね、大人というにはあどけない。センターパートの癖のある髪型と切れ長の目は色気がある。白シャツに黒のトラウザーズと質素な装いが逆に神々しさを醸し出していた。


「綺麗……」


 そう思ったのに、口にしたのはその天使だった。彼はアレクセイを真っ直ぐに見つめ、惚れ惚れとして口元を緩めた。


「君、名前は?」

「俺は……アレクセイ」


 つられるように言葉が漏れ出る。まるで誘導されたようで、これはマズイとアレクセイは目つきを鋭くした。

 コイツは普通じゃない。

 祈祷師と同じく毒気も敵意もない緩い空気を纏っているが、相手はさらに異様な風貌が相まって底が見えない。時が流れるほど不安を煽ってくる。

 アレクセイは短剣の柄に手をかけながら男との距離を詰める。少しの殺気も漏れないよう、自然に歩み寄り間合いを測った。


「そうか、アレクセイ」


 相手は命の危機が迫っていることを微塵も察していないらしい。名前を呟き笑みを深めている。


「アレクセイ」


 男がもう一度名を呼ぶと再び目が合う。


「!」


 瞬間、アレクセイの心臓に鷲掴みされたような痛みが走った。視界は真っ赤に染まり音は遠くへと消えていく。

 血が逆流する、表面が裂けて握りつぶされるような想像を絶する感覚。その衝撃は心臓から全身へ駆け巡り、脳を激しく揺さぶった。

 何だこれは、何が起きた。

 経験のない痛覚にアレクセイは呼吸が止まり、その場で膝をついてしまう。

 魂が何かを叫び、自分に訴えかけている。


【契りを】


 誰の声だ。


【これより番の契りが結ばれる】


 どういうことだ。お前は誰だ。

 体を動かしたいのに、未知の感覚から来る恐怖のせいか全く動かせない。

 脳の奥を割り裂かれるような、記憶の鍵を無理矢理こじ開けられるような。

 やめろ。口を開くことも喉の奥から声を絞り出すこともできず、心の中で叫んだ。やめてくれ、これ以上は耐えられない。


「アレクセイ?」


 わずかに残った聴覚が男の声を拾い、肩に柔らかな感触が走る。触れられた場所から強い熱が広がり、アレクセイは反射的に手で払った。

 相手の手を弾く感覚が自分の腕越しに伝わる。体を動かせる。


「このっ!」


 見えない視界でも構わず、気配を頼りに剣を振り抜いた。肉を裂く感触。飛び散る血の音。収縮する赤色と共に戻ってきた視界が映したのは、喉を切り裂かれて呆然とする男の姿だった。


「あ」


 そのまま相手の体は崩れ落ちて、アレクセイの肩にもたれた。振り落とせば床に鈍い音が響く。


「げほっげほっ」


 止めていた呼吸の仕方を思い出し、アレクセイは激しく咳き込む。その間も骸と化した男の喉から赤々とした液体が床にシミを作っていた。口内に広がる苦い味に顔をしかめ、アレクセイは血溜まりに視線を向けた。


「今のは、一体」


 名前を呼ばれただけで体が異常な反応を示した。全身でこの男の反応を受け入れ過剰に応じるような気持ち悪さは形容し難く、現実に起きたことなのかさえ怪しい。

 しかし死んでしまえばあっけないものだ。痛む胸を押さえながらアレクセイはゆっくりと立ち上がった。


「これで、良いんだよな」


 今のはただの幻覚だ。何かの発作かもしれないが、今は落ち着いているし体に異常はない。


「気にするだけ無駄か」


 結果的に自分は父王の命令通り竜を殺した。本当に竜だったのかはわからないがただ人とも思えない。

 世の中には人の理解が及ばないことの方が多いのだ。恐らくこの男はシルフィリア王国がシンボルとして祀る巫子のようなものなのだろう。竜の正体などそんなものだ。

 だが巫子が討たれたとなれば士気を下げるには充分だ。これで父の気も静まるだろう。

 アレクセイはため息を吐きながらゆっくりと顔を上げた。


 アレクセイの目に塔の外壁が映った。


「は」


 足元は短い草達を踏みしめ、夜風が着ているマントを緩やかに揺らしている。草木の匂いが鼻腔をかすめて通り過ぎていった。


「なに」


 自分は先ほどまで塔の中にいたはずだ。木造りの床を土足で踏み、石造りの壁に冷たさを感じながら金髪の男を切り裂いた。


 移動したのか? いつの間に?


 辺りを見回すが幻覚ではないらしい。頭は冴えているし、聴覚や嗅覚で感じるものは全て本物だと脳が告げている。

 一体どういうことだろう。自分は今までここに立ち尽くしていたのだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ