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いつまでリシャを待たせるんだ

「どういうことだ」


 アレクセイ達より遅れて戦地に到着した王太子ライアンは、途中で異変に気づいたのだろう。フォルティオン王国軍の補給部隊が構えるテントに滞在し、ワンが暴れている一部始終を見届けていた。

 灰色の空に竜が舞い、たびたび口から吐く火炎で辺りを赤く染め上げる光景は、さぞ不気味に映ったことだろう。

 アレクセイがワンに乗ってライアンの元に現れると、鎧で身を包んでいた彼は夢を見ているような表情で立ち尽くしていた。ライアンと共にいた騎士達はすでに戦意喪失している。


「兄上、迎えに参りました」

「アレクセイ。アレクセイで間違いないか」


 ライアンはよろけながら近寄り、ワンから降りたアレクセイの肩に触れる。次に他国の服に身を包む姿を見て、さらに黄金の竜を見て理解しがたいと言いたげに眉をひそめた。


「その格好は何だ。何故竜に乗っていたのか。この竜は一体……。これは、現実か」

「リシャの占いの通りです。シルフィリアにいた竜に選ばれ、国を救うために戻ってきました」


 アレクセイの凛とした声色にライアンはまた訝しんで目を細めた。確かに兄が知るアレクセイは暗殺者として影に潜み、陰気さを漂わせる暗い男だろう。

 太陽に照らされる純白のマントは、身につけている本人でもまぶしく見える。


「殿下……偽物という可能性は」

「無い。私が見間違えると思うか」


 騎士の1人が恐る恐る疑いの声を漏らすが、ライアンは即座に諌める。それでもまだ納得し難いと言いたげに相手はアレクセイの姿を注視した。向けられる視線の数々に慣れず、少し居心地が悪い。


「色々あったので、兄上が知る自分とは少し違うかと思います」

「……そうか」


 迷った末にライアンは手袋を外し、アレクセイの頭を優しい手つきで撫でた。


「さぞ辛い思いをしただろう」


 温かい。慈しむ目は昔から知っている兄の愛だ。拒絶していた過去の自分が憎らしくなり、唇を固く結んだ。


「アレクセイ、城はどうなっている。一体今は何が起きているんだ」


 ライアンに問われ、アレクセイはベルトバックに入れていた筒状の入れ物からラザールとエルヴィスから貰った書状を取り出して渡した。


「城のことはまだ何も。私はフォルティオン王国の王子としてシルフィリア第一王子や聖竜教大神官と和平交渉しておりました。今は彼らと連合騎士団を結成したことになっています」

「シルフィリア王国と話を……? だがお前は竜の討伐を命じられていたはずだ」

「色々ありまして……。シルフィリア国王からの許しも得ています。彼らとの同盟の条件は、私がワンと共にこの戦いを終わらせること。そして兄上……ライアン・ディ・アシュレイが王位に就くことです」


 事態の重さを自覚したのだろう。ライアンの表情は一転し険しいものになる。


「アレクセイ。お前は自分の考えだけでここまで進めたのか」

「申し訳ありません。必要ならば罰も甘んじて受けます」

「いや……わかっている。アレクセイが来なければ、この戦線は突破されて私は命を落としていたかもしれない」


 次期王であるライアンや王を差し置いて話を進めることは本来あってはならないことだ。シルフィリア王国との平和的解決を望んでいたとはいえ、継承権を持たない弟が勝手に決めたことは彼にとって納得し難いだろう。

 だがこれほど望ましい展開も2度と訪れないと、聡明な兄ならわかるはずだ。


「それに……今まで私はまともに行動を起こせなかった。私が言いたいのは……そうだな。お前一人が背負い続けていたのかということだ」


 気遣う返答に、アレクセイは意外に思う。普通なら罵られてもおかしくないはずで、兄でも不快さをあらわにすると考えていた。


「私は無力だな。アレクセイは前から私より強かったのに、心も血筋に恥じない芯ができた」


 少し困ったように眉を下げる仕草はいつものライアンだ。穏やかで優しく、それでも有事であれば先頭に立ち勇敢に戦う自慢の兄。

 幼少期に見た時から変わらない姿に、心の底から安心した。


「だが王位継承については父上と話す必要がある」


 その答えにアレクセイの心が凍りついた。

 ライアンは未だに悩んでいるようだ。話の展開についていけてないのかもしれない、自分の話が下手なせいかもしれない。

 だが、どうしても我慢できないことがあった。


「……リシャをこれ以上待たせるつもりですか」


 王に身も心も好き勝手にされ、尊厳を踏みにじられながらもライアンを想い続けたリシャ。彼のことも気がかりだった。


「え、何故今リシャの話を……。彼は王に仕えているはずだろう」


 本当に予測していなかったのか、ライアンは威厳ある姿を崩しきょとんとする。アレクセイは急く気持ちを抑えながら話を続けた。


「リシャを取られ戦場を駆け回る必要があった故に、今まで父上に反抗できなかったことは察しております。今だって私が独断で行動したことは許し難いでしょう。ですがいつまでリシャをあの城に縛りつけるおつもりですか」

「突然どうしたんだアレクセイ。確かにリシャは王専属の祈祷師という立場に縛られている。だが何故そこまでお前は怒っているんだ」


 ライアンは落ち着かせようと穏やかな口調で諭してくる。先ほどと異なりリシャに対してほとんど危機感がない。

 自身の肩を抱いて震えるリシャの姿が脳裏に浮かんだ。あの姿を知っていたら、優しいライアンがここまで平然としていられるとは思えない。


「……まさか、リシャがどのような目に遭っているのか、ご存じないのですか」


 父王に独占されながらも、豪華な部屋を与えられて国で一番安全な場所で過ごしていると認識しているのだろうか。

 確かに一般的な王宮の祈祷師はそうだ。王の機嫌を取るだけで身分も安全も保証される。だからアレクセイは当初リシャに悪感情を抱いていた。

 だがリシャは。


「俺だってリシャを自由にしたい。彼を城に閉じ込めているようなものだし……」

「それだけではありません!」


 アレクセイの叫びにライアンは口をつぐむ。


「リシャに、何があったんだ」


 答えられない弟の反応に、ライアンはじわりと額に汗を浮かべてアレクセイの肩を掴んだ。


「リシャは無事なのだろうな! まさか拷問を受けてるのか! それとも何か脅されて……」

「少なくともリシャが殺されることはないはずです。ですが……」


 続きの言葉につまり黙り込んでしまう。何があったのか話すのはリシャの名誉に関わるし、何よりライアンは冷静でいられないだろう。

 牢屋で男2人に襲われたことを思い出し、その時の恐怖で身がすくんだ。あれ以上の乱暴をリシャは経験しているのだろうか。これまでも? 今も?


「……話さなくていい」


 ライアンは掴んでいた肩を離し、強く歯を嚙み締めた。自分の不甲斐なさを悔いるように、深く、深く。


「とにかく俺たちは先に城に戻ろう。ここの後始末は部下に任せる」

「じゃあ俺とアレクセイはお兄さんの護衛かな?」


 いつの間に人の姿に戻ったワンを見て、ライアンは目を剝いた。


「アレクセイ……彼は。さっきの竜はどこに」

「彼が私の番の竜です」


 ワンの黄金色の髪と目をまじまじと見て、ライアンは嘆息する。


「人になれるのか。ただでさえ存在していること自体信じ難いのに……まだ夢を見ているみたいだ」


 新鮮な反応にアレクセイは表情が緩んでしまう。初めて自分がワンを見た時も同じように驚いたものだ。

 ライアンはワンとアレクセイを交互に見て、最後に眉間に皺を寄せた。その様子に自信を無くしてしまう。


「……今の私はお嫌いですか?」

「いや、本当にただただ状況を把握するので手一杯でな」


 気まずい空気が流れる中、ワンは「ふむ」と呟く。何か感じるものがあったらしい。


「どうした、ワン」

「それがね。気づいてしまったのだけど、お兄さんの困り顔はアレクセイによく似ている」


 ワンの指摘にライアンは目を丸くし、次にはその困り顔で笑みを浮かべた。


「兄弟だからな」


 兄の声色はやはり柔らかくて、アレクセイの心は温かくなった。


ここまで読んでいただきありがとうございました。これで5章はおしまいです。

次の章でラストです。アレクセイとワンの行く末を見届けてくれますと嬉しいです。

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